第35話 王妃さま、レギンスパンツを穿く

 フランス軍本隊では多くの将校が殺された。さらにナポレオンの最も信頼していた副官までもが殺され、その悲しみはそうとう深かったようだ。

 あの時、いきなり目の前に現れた敵に驚いたナポレオンだが、混乱にまぎれて何とか逃げ延びた。理解不能な出現ぶりを演じたあの騎馬軍団は、明かにオーストリアが雇った傭兵だろう。それにしてもその鮮やかな出現ぶりには声も出なかった。命からがら逃げ出すのが精一杯だったのだ。

 しかしナポレオンは稀代の英雄だ。いつまでも嘆いてはいなかった。直ちに兵をまとめると反撃に出て来た。





「ユイトさん、ナポレオンが反撃に転じました」


「王妃さま、こうなったらとことんやってやりましょう」



 反撃に出て来たフランス軍では、ナポレオンの居る本隊は警備が厳重を極めていた。アリのはい出る隙間もないという徹底ぶりだ。よほどあの襲撃が懲りたのだろう。


「ダメだな」

「そうですか」


 またおれと安兵衛は小高い丘から戦場を見ていた。

 だがフランス軍本隊付近に、バルクの騎馬軍団が移転する隙間が見当たらないのだ。


「これは他の手を考えなければ……」






 おれと結菜さん、そして王妃さまはまたスターバックスに来ている。注文はおれがカフェラテで二人はやっぱりピーチフラペチーノだった。そんなに美味しかったのか。おれはカフェラテを一口飲んで聞いてみた。


「で、王妃さま、その後のナポレオンはどうなんですか?」


 王妃さまの説明では、フランス軍は再びドナウ川を渡河して、アスペルンからエスリンクの一帯を制圧し、前回と同じような展開になりつつある。そこまではおれも分かっている。やはりナポレオンは手ごわい相手だ。


「既に奇襲された時の対処法を考えているようで、同じ作戦は通用しないかもしれません」

「そのようですね」


 とにかくここは一息ついて、また明日現地に行ってみようという事で、王妃さまも納得された。現代人からしたら、この時代の戦争はのんびりしているのだが、王妃さまも結構のんびりした方だ。

 というわけで、休憩の後はユニクロに入った。


「王妃さま、何か気にいった服は有りますか?」

「これを履いてみようかしら」

「えっ」


 王妃さまが手に取っているのはレギンスパンツだった。傍にある写真を見て気にいぅたようだ。おれは結菜さんに聞いてみた。


「結菜さん、レギンスパンツとスキニーパンツとは違うのか?」


 おれも男物のスキニーパンツは穿いていたからだ。


「レギパンはボディラインに沿った細身のボトムスのこと。柔らかさがあり伸縮性の高い人気のアイテムなの。トレンド感のあるレイヤードスタイルには欠かせないのよ」


 通販でファッションサイトを見るのが趣味な結菜さんは、得意げに話し始めた。

 レギパンとはレギンスパンツの略称で、ボディラインにフィットする柔らかい質感が特徴の細身のボトムスということらしい。


「じゃあレギパンとスキニーパンツって、どう違うの?」


「スキニーパンツもレギパンも、ボディラインにぴったりと沿う細身のボトムスなんだけど、レギパンに比べると、スキニーパンツの方がハリのある素材で作られていることが多くって――」

「あの、どっちが女性向きなんだ」

「レギパンの方が、ストレッチが効いた柔らかさのあるパンツで、スキニーパンツは、ボディラインに沿った細身のパンツ――」

「分かった、分かった、とにかく王妃さまにはレギパンの方が良いって事だな」


 おれは結菜さんとの会話を打ち切った。


「レギパンを上手に着こなすポイントは、ビッグシルエットのトップスと合わせることで、メリハリのある旬のスタイリングが叶いますよ」


 まだ喋ってる……


「レギパンはスカートやワンピース、チュニックといったロング丈アイテムとも好相性だから、レイヤードスタイルにしてコーディネートをアップデートする事で――」

「結菜さん!」


 結菜さんは声を強めたおれに目を丸くして、


「なに?」

「王妃さまは試着をしてみたらいいんじゃないか?」

「あっ、そうね」


 結局二人は試着室に入って行ったが、レギパンを穿いて出て来た王妃さまを見て驚いた。


 ――わあっ!――


 ボトムスだけではなく、上とセットになっていたのだが……

 セパレートタイプで、おへその辺りが大きく開いていて、隠れていないのだ。しかも上下とも完璧素肌にフィットしている。

 王妃さまは以前、ジーンズは窮屈だから無理だとおっしゃってなかったか。

 ここで結菜さんがいきなり発した言葉に、おれは慌てた。


「王妃さま、ちょっと回ってみて下さい」

「ちょっと結菜さん、それは失礼では」


 だが、王妃さまはにこにこと笑いながら回って見せてくれた。足が長いから裾の丈もぴったりで、短く直す必要もない。

 おれは至近距離から、王妃さまのパンツ姿を前にして、正に目のやり場に困る展開だった。




「安い!」

「そうよ」

「これがたったの1990円なんだ」


 王妃さまが着るから、とてもそんな値段には見えない。

 かなり気に入られたご様子で、何着も色違いを買われたのだった。



 そして夜はすぐ例のファッションショーが始まった。

 買って来たレギンスパンツを、取り換えひっかえ次々と試着を始めた。

 着替える度に、ソファーに座るおれの目の前でいちいち向きを変えてポーズをとり、さらには後ろ姿まで見せる王妃さまから感想を聞かれたので、その都度最大級の賛美を贈った。

 もちろんおれは王妃さまが着替えるたびに、身体をねじって後ろを向いたり前を向向いたりする。それが買って来たレギパン全てを試着をし終わるまで続いたのだった。

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