第34話 奇襲
「バルク隊長」
「ユイト殿」
騎馬軍団と共に時空移転されて、すぐ周囲を確認する。
するとそこにフランス軍の将校らしい一群が居るではないか。まさにほとんど目と鼻の先だ。
「あの馬に乗った一群を攻撃して下さい」
「分かりました」
もうそこにナポレオンがいるかどうかなど確認している暇はない。やるしかないのだ。
「野郎ども、戦場でやる事はただ一つ、殺せ殺せ殺せだ!」
騎馬軍団を前にして、バルク隊長の罵声が響いている。
あの、これは奇襲なんだ。軍団の士気を鼓舞するのはもういいから、早く攻撃してくれ。
しかしこの事態に周囲のフランス軍兵士達はあっけにとられていた。騎上の将校達も同様だった。
「剣を抜け、突撃だ!」
ついに騎馬軍団の全員が剣を振りかざし、フランス軍将校らしい者達の一群に向かって切り込み突撃を開始した。
勿論いきなり切りつけて来る軍団に、将校達は大混乱となった。剣を抜く暇も無く、次々と切られて行く。
しかしここで当然の結果が起こった。いきなり至近距離に現れた敵の騎馬軍団に反撃出来るはずもなく、パニックになりながら将校達は四方八方に逃げ始めたのだ。
周囲のフランス軍兵士達も、すぐには発砲の準備もままならず右往左往する始末。仮に撃てたとしても周囲は味方のフランス兵だらけだ、下手な発砲は出来ない。
何人のフランス軍将校が切られたのか分からないが、逃げて行く者も多い。もちろんナポレオンが何処に居るのか全く分からない状況だ。
だがその時、
「あれは?」
走り去って行く騎乗の将校が振り向いてこちらを見た。そのすぐ傍に従っている者が何人かいる。おれはその将校の方角を指さし、
「バルク隊長、あの者を追ってくれ!」
「承知しました」
隊長は片手で剣を持ち、左手でたずなを掴む。疾走する馬の横に下ろした右手の剣がなびき光っている。生れ落ちると、歩くよりも先に馬にまたがっていたというバルク隊長だ。馬の首と隊長の上半身が一体になって風を切って行く。鞭を入れる必要もない。隊長と共に戦場を駆けて来た馬は全てを分かっている。
先を行く将校達がついに離れ離れとなってしまう。その中心に居た者の側を隊長は通り越した。
追っている敵を通り越してしまったのだ。
だが、そうではなかった。
急停止した隊長は取って帰すと、馬を進んで来た敵の方角に走らせ、右手に持った剣を横に払ったのだ。
フランス軍将校の首が宙に飛んだ。
「まずい、これまでだ」
やっと事態を認識したナポレオン軍本隊の兵士達が武器を構え集まり始めたのだ。襲撃が始まって、まだ10分か20分くらいしか経ってないだろうが、これ以上の長居は無用だ。
軍団の被害も今ならさほどなさそうだし、さらに幸いにというか、おれの護衛に付いていてくれた安兵衛には出番がなかった。
「ユミさん皆を戻してくれ」
「王妃さま、襲撃は終わりましたが、残念ながらナポレオンがどうなったのかは分かりません」
「ユイトさんまだ確認は取れていませんが、ナポレオンは無事だと聞いております。代わりに彼の有能な副官が殺されたようです」
戦いはナポレオン軍本隊の混乱から戦争継続が難しくなり、フランス軍が一旦兵を引く形で終わったのだった。
「王妃さま、とりあえずお茶でもどうぞ」
「ありがとう」
我がアパートにまた王妃さまがいらしている。これで三度目だから、この状況にもだいぶ慣れて来た。ただ訪問は気軽に出来るのだが、ウイーンの居城から突然居なくなると周囲の者が騒ぐから、あまり長居は出来ないと言われる。一泊二日が限度か。
そしてうれしい事に、王妃さまが使える日本語も増えてきているから、おれとの直接会話も少しづつ出来るようになってきた。
実はマリー・アントワネットが熱心な読書家だったという話はあまり知られていない。ベルサイユ宮殿で彼女のベットルームには秘密とされるドアが隠されていた。そこを開けると幾つもの落ち着いた部屋に通じていたのだが、その内の一つが書斎で、壁は書庫になっており本で埋まっていたのだという。
なのに話題はパンの代わりにお菓子を食べたらとか、宝石やドレスに散財したとかの話にばかり集中しがちだ。しかし本当は相当な教養人だったのだ。彼女の奔放で勝気な人柄が人々の目を狂わせていた。だから勉強し始めていた日本語は、かなりのペースでマスターしていった。
「王妃さま、ナポレオンの件ですが、残念でした」
「いいえ、ユイトさんには本当に良くやって頂いて、感謝しております」
やはりナポレオンは生き延びていたのだった。
その後傭兵のバルク隊長には、王妃さまから感謝の言葉と共に十分な金貨が送られた。
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