第33話 安兵衛、見つけたぞ!
傭兵騎馬軍団を投入する手立ては整った。今度は安兵衛の所だ。
「安兵衛」
「殿!」
安兵衛はユキと一緒に居た。
「ユキさん、今日は」
「こんにちは」
安兵衛に寄り添う幼いユキは、小さな声で身体をもじもしさせながら答えた。
「安兵衛、じつは――」
「ちょっとお待ちください」
安兵衛はユキの相手を使用人に任せた。オスマン時代から従って来ている者達だ。
おれは安兵衛と二人だけになると、やって来た事情を手早く話して聞かせた。
「分かりましたお供させて頂きます」
「そうか、頼む」
安兵衛は即答をした。剣に生きる気構えは健在だった。
以前の安兵衛とは違い、今は幼い子供がいる。迷惑はかけないと思うが、その事には触れないで置いた。
今回は王妃さまの戦でもあるが、まさか本当に彼女が馬に乗って前線に行くわけにもいくまい。おれが出て行くしかない。そのために護衛がどうしても必要なのだ。多分奇襲は短時間で終わるだろう。
ユミさんとも細かい打ち合わせをした。
「王妃さま、準備は整いました。結果をお待ちください」
「ユイトさん、私はどうすればいいのですか?」
「やはり王妃さまが前線に出られるのは危険ですので、今回は私の方だけで行います」
王妃さまは納得してくれた。
問題はナポレオン本陣か司令部のすぐ近くに、我らの軍団が出る必要が有るという事だ。手薄になる瞬間とは言っても、ナポレオン軍本隊は多分20000前後の兵力だろう。その全てを相手にするわけにはいかない。まさにピンポイントの奇襲を掛けられるかどうかが、成否を分けるのだ。長引いたら失敗すると思った方が良い。
決め手はナポレオンの居場所だ。20000前後の軍勢なら、その陣営範囲は相当広い。彼が何処にいるのか、どうしたら分かるだろう。
しかしなかなか良いアイディアが浮かばないまま、戦闘は始まってしまった。
今は戦場から遠く離れた丘の上に安兵衛と居る。この位置からなら全体の動きは分かるし、ナポレオン本隊らしき軍も双眼鏡で確認できる。だが当然こんな遠くからナポレオン本人を確認する事など出来ない。
大きなテントのようなものがあれば目安にもなるのだが。それらしいものはほとんどない。この戦は一日半で終わっている。拠点を確保するというよりも、ほとんどその辺でごろ寝の野宿状態だ。ナポレオンにもまともな寝床など無いのだろう。
ここは広大な平原で見渡す限り混とんとした状態の野営地が広がっているだけなのだ。軍服の見分けも付かないおれが、この中からナポレオンを見つけ出すのは至難の業ではないか。
だが、
「安兵衛、見つけたぞ!」
「殿、居りましたか?」
「いや、ナポレオン本人は確認できないが、あそこに居るはずだ」
おれはユミさんとスタッフ数人に来てもらった。
「ユミさん、ピンポイントでナポレオンの側に行くというのは難しいのですね」
「そうです、過去に一度でも移転の経験があれば、その人物の情報が残ってますから位置を何時でも特定できるのですが、ナポレオンはまだですから」
「分かりました。それではあの馬に乗った一群を見て下さい」
馬にまたがる将校らしい軍服の集団が見つかったのだ。
騎馬隊ではない、明らかに軍指導部の面々だ。
「あの方角と距離を目測で確認出来たら、バルクの騎馬軍団と私達二人を同時に移転させてください。そのタイミングは後でお知らせします」
「分かりました」
ユミさんとフタッフが帰った後、
「安兵衛、いよいよ始まるぞ」
「やってやりましょう」
安兵衛は嬉しそうに笑った。
この前日、オーストリア軍は突然渡河して来たフランス軍に不意を衝かれ、ドナウの川岸に展開していた部隊は蹴散らされた。フランス軍は昼までにアスペルンからエスリンクの一帯を制圧し、午後には18万の大軍が渡河を完了した。そして左翼に1軍団、中央部に3軍団、右翼に1軍団を配置し、20キロにわたる陣を張った。ナポレオンはヨハン大公が率いるオーストリア軍の別働隊が駆けつけるという情報を入手しており、その前に勝負をつけたいと考えていた。ところがこの日の攻撃は、小規模なものにとどまり失敗した。
翌朝、戦闘が再開された。まずオーストリア軍がフランス軍右翼へ攻撃を仕掛けた。続いて2軍団による本格的な攻撃がフランス軍左翼へ向けられた。フランス軍は後退させられる。これに対して、フランス軍では主力の一部と騎兵が増援に向かい、さらにドナウ川中州のロバウ島から砲撃を浴びせてオーストリア軍の攻勢を停止させた。
そしてここで右翼のフランス軍がオーストリア軍を押し返し始めたのだ。ナポレオンはこの好機を見逃さなかった。オーストリア軍の中央部へ向けて、フランス軍主力と近衛軍団に突破攻撃を命じ敢行した。さらにほかのフランス軍団も援軍として駆けつけ、援護突撃を行った。凄惨な戦いが繰り広げられ、オーストリア軍の中央部は突破され始めた。
フランス軍の目が全てそこに集中し始めたのだ。
「今だ、ユミさん頼む」
戦場後方に位置するナポレオン軍本隊近く、兵の居ない空き地の空間がゆがむと、バルクの率いる騎馬軍団が忽然と姿を現した。
周囲に居たフランス軍の兵士達は、唖然として見ているだけだった。
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