第32話 王妃さま、作戦はこうです。

 朝食後部屋の中で手を振って帰られてから暫くして、王妃さまから踊るような文面の手紙が来た。アスペルンとエスリンクの戦いで、ついにオーストリア軍がフランス軍に勝ったという内容だった。

 だが確かにナポレオンの指揮するフランス軍に勝ちはしたが、オーストリア軍にとっては非常に有利な条件での戦いだったのだ。この2か月後に控えている戦ではそう簡単に渡河を妨害出来ない事をおれは知っている。

 ナポレオンは周到な準備をして橋を渡る腹積もりだ。彼は二度と同じ轍は踏まない。

 

 おれはすぐユミさんに頼んで、王妃さまに手紙を渡してもらった。


「王妃さま、次の戦でナポレオンは完璧な準備をして橋を渡ってきます。今回のような訳にはいきません。多分オーストリアのカール大公もそれを分かっていらっしゃるでしょう。ですからここで提案です。王妃さまにはナポレオンの司令部を急襲する少数精鋭の部隊を指揮して頂きたいのです。私には分かるのですが、次の戦で後方に待機するナポレオンの周辺が手薄になる瞬間があります。そこを王妃さまの部隊が奇襲攻撃を仕掛けて頂きたいのです。もちろん王妃さまが直接指揮を執る必要はありません。それは危険ですので代わりの信頼できる将軍か士官に任せて頂ければ良いかと存じます。これは暗殺ではありませんが、立派な戦の駆け引きです。この作戦でナポレオンを倒しましょう。詳しい事はまた後程」


 折り返し王妃さまから手紙が来た。


「ユイトさん、有益な情報を有難うございます。すぐカール大公に話をしてみたのですが、奇襲に関しては思うような返事を頂けませんでした。作戦のもう少し詳しい話を聞かせて頂けますか?」


               

「王妃さま、作戦はこうです。次の戦はドナウ川北岸の町ヴァグラムの周辺地域で起こるはずです。

 フランス軍は渡河を開始した後、アスペルンからエスリンクの一帯を制圧し、午後には18万の大軍が渡河を完了します。そして左翼、中央部、右翼と20キロメートルにわたる陣を張るでしょう。

 戦闘が開始されると、最初はオーストリア軍が主導権を握り、フランス軍右翼へ陽動作戦を仕掛けるはずです。続いて本格的な攻撃がフランス軍左翼へ向けられます。フランス軍は後退させられますが、これに対して騎兵が救援に向かいます。

 そして右翼のフランス軍がオーストリア軍を押し返すと、ナポレオンはこの好機を見逃さず、オーストリア軍の中央部へ向けて近衛軍団に突破攻撃を命じ、他のフランス軍団も援軍として駆けつけます。

 この瞬間がナポレオンの司令部を奇襲する絶好のチャンスなんです。周囲に彼を援護する部隊があまり居なくなります」


「ユイトさん分かりました、奇襲部隊をオーストリア軍の陣から離れたところに潜伏させておけばいいのですね」


「王妃さま、その通りです。奇襲のタイミングは私が現地で探り、お知らせします」


 暫くして王妃さまからまた連絡があった。


「ユイトさん、残念です。カール大公に話をしたんですが、分かってもらえません。細かい戦の予想を話すとびっくりしていましたが、それでも私に部隊を預けるなど考えられないと言い、行ってしまいました。もちろん今の私に動かせる直属の部隊などありません。どうしたら良いのでしょう」


 手紙を読んでおれは決心した。この機会を逃す手は無いだろう。


「ユミさん、おれをバルク隊長の所にお願いします」


 再び現れたおれにバルク隊長はびっくりしていたが、頼みは快諾してくれた。但し派遣できるのは400騎ほどで、フランス軍が188,000、オーストリア軍が155,000の大軍同士が戦う戦場では取るに足りない寡兵だ。ピンポイントでの急襲で成果を上げる必要がある。

 また王妃さまに連絡をする。


「王妃さま、私に考えがあります。傭兵を雇っては頂けませんか?」


「ユイトさん、傭兵を雇うのはかまいませんが、この期に及んでそんな時間の余裕がありません」


「王妃さま、フランスから逃亡する時にお供をした、傭兵騎馬軍団を覚えていらっしゃいますか。あの者達がいつでも王妃さまの下に駆けつける手はずになっております」


 王妃さまは手紙で歓喜の言葉をつづって来た。

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