第31話 王妃さまアイドルに驚く

 スーパーで買い物を終え帰宅する間も、おれの頭の中はナポレオン暗殺計画で一杯だった。ナポレオンを暗殺すること自体は、時空移転を有効に使えばたやすく出来るだろう。例えばおれが安兵衛を伴ってナポレオンの身辺に潜り込み、いきなり切り殺してしまえばいい。後はまた時空移転でその場を離れる。

 だが、それはまずいんじゃないか。そんな事をしていたら未来はめちゃくちゃになってしまう。歴史はやはりその時代の者が作り上げて行くべきだろう。その辺りのけじめは、時を旅する者が戒めとするものでなくてはいけない。


「ユイトさん、どうしたのですか?」

「えっ」


 王妃さまが突然聞いて来た。おれがスーパーを出てからずっと押し黙っていたのが気になったみたいだ。


「あっ、いや、なんでもないです」


 ナポレオンは別に悪い事をしているわけではない。侵略戦争も当時の有能な為政者としては当然の事をしているまでだ。それに彼は類まれな人物で、歴史に名を残す偉大な男なのだ。だから本当に殺してしまっていいのかと悩んでいた。


 王妃さまが暗殺を決断したその時期、ナポレオンの勢力はイギリス・スウェーデンをのぞくヨーロッパ全土を制圧し、イタリア・ドイツ西南部諸国・ポーランドはフランス帝国の属国に、ドイツ系の残る二大国、オーストリア・プロイセンも従属的な同盟国となった。このころがナポレオンの絶頂期と評される。




 アパートに帰るとすぐにシャワーを浴びようという事になった。


「結翔さん」

「ユイトさん」

「分かりました後ろを向きます」


 背後で服を脱いでいる気配がする。


「まだ見ちゃだめですよ」

「ダメ、で、す、よ」

「見ませんよ」


 横向きに歩いて料理の支度をし始める。

 だが、玉ねぎを刻みながらも、やはり暗殺の方法が頭に浮かんでくる。

 どうしたら良いだろうか。実際に手を下すのは王妃さまやその配下の軍関係者がいいだろう。時空移転をして手助けもいいが、あまりやりすぎるのはどうかと思う。

 やはり自然で不思議な出来事が話題にならない方が良い。


「結翔さん」

「ユイトさん」

「ん?」


 いつの間にか二人はシャワーを浴び終わっていた。

 床に横座りの王妃さまは、今回もジャージーにTシャツ姿で悩ましい……

 また結菜さんがパソコンを開いて王妃さまに見せている。


「…………」

「王妃さま、この子たちが今はやりのアイドルです」

「あ、い、ど、る?」


 外を歩いていた時も、通りかかる車に目を見張っていたが、パソコンのモニターに映し出されたアイドル達の踊りや歌にも言葉を失っていた。


「この子たちは何故こんなに小さいのですか?」

「あっ、あの、王妃さま、この子たちは小さいのではなくって、その――」

「王妃さまそれは動く絵画です」


 おれは助け舟を出した。これ以上の説明は不可能だろう。

 結局王妃さまは余り納得できない様子だった。

 少し早めに食べた夕食のカレーライスとデザートは、やはり今回も大好評だった。カレーを作ったおれも、こんなに喜んでもらえると嬉しい。


 夜は結菜さんと王妃さまがベットに寝て、おれはソファーだ。

 翌朝は首筋がおかしい。無理な体形でねちがえたか。




 王妃さまは朝食を摂って帰られた。


「何日も留守にしていたら周囲の者が騒ぎ出します」

「そうですか、また何時でもいらして下さい」


 結菜さんは近所の友達が訪ねて来たような感じで送り出す。


「王妃さま、例の問題は慎重に考える必要が有ります。でもその時が来たら私達は必ず手を貸しますから、安心して下さい」

「ユイトさん、お願いします」




 暗殺はどうしても暗いイメージが付きまとうが、戦場で敵の弱点を突くのは王道で、何もやましいことは無い。

 おれはヴァグラムの戦いに注目した。その約二か月前アスペルン・エスリンクの戦いでオーストリアは辛くもナポレオンの指揮するフランス軍に勝っている。

 ドナウ川に架かる橋はオーストリア軍が全て破壊しており、フランス軍は北への渡河点として、ドナウ川が支流に分かれている中州の周辺地域を選んだ。

 オーストリアのカール大公は崩壊したオーストリア軍を立て直してドナウ川の対岸に集結させ、奪われた首都の東に位置するこの地での決戦の構えをとった。

 橋が無いため新たな橋を架けながら少しづつしか渡れないフランス軍を対岸で待ち構える作戦だ。これは素人でも考えられる。当然不利なフランス軍が手痛い敗北を喫する。

 だが、その約二か月後、ナポレオンは周到な準備をして再度この地にやって来る。そして始まるのがヴァグラムの戦いだ。

 この戦いでフランス軍は見事に対岸に渡り切っている。だが、おれはフランス軍が、山沿いに引いて陣を張るオーストリア軍に攻撃を始めると、ナポレオンの周囲が手薄になる瞬間がある事に気が付いた。


「そこだ。その瞬間に突撃を仕掛ければナポレオンを倒せるかもしれない」

「えっ、何?」


 突然声を出したおれに結菜さんが聞いて来た。


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