第30話 ナポレオン暗殺計画

「ユイトさん、彼を亡き者には出来ないでしょうか?」

「はっ!」


 ピーチフラペチーノを召し上がって、一息ついた王妃さまの口からとんでもない話が飛び出して来た。


「あの、彼って――」

「もちろんナポレオン・ボナパルトの事です」

「…………!」


 あまりに唐突な王妃さまの発言に、おれも結菜さんも言葉をうしなってしまった。


「えっ、それって、ナポレオンを殺すって事ですか?」

「そうです」


 王妃さまは動かしていたスプーンをカップの横に置き、おれを正面から見据えて、そう言い切った。


「しかし――」

「もちろん彼のガードは固いでしょう、危険は十分承知の上です」

「…………」


 結菜さんは王妃さまを見つめたまま、全く声が出なくなっていた。とんでもないナポレオン暗殺計画が、おれとマリー・アントワネット王妃さまとの間で話し合われ始めたのだ。

 スターバックスの一角は、ここだけ時間が止まってるように、周囲とは隔絶された空間になっていた。



 ナポレオンが統領政府の第一統領となったときから、彼を狙った暗殺未遂事件は激化し、1800年には王党派による爆弾テロも起きていた。

 それにしてもこんなに優雅な王妃さまの口から、このように過激な発言が飛び出すとは……。


「王妃さま少し時間を下さい。あまりにも突然で、なんて答えたらいいのかすぐにはお返事出来ません」

「分かりました。でも私は真剣なんです。暗殺計画の実行には、私自身も参加をいたします」

「王妃さま!」


 確かにナポレオンさえ居なくなれば、ヨーロッパ連合はフランスに勝てる確率が格段に高くなるだろう。オーストリアを背負って立つ王妃さまがそう願うのは当然だった。





 1804年の始めナポレオンは、当時フランス警察が追求していた政権打倒計画の仲間に、若い公爵が関与しているとの知らせを耳にした。その内容は、計画に関わっているとみられる貴族が極秘にフランスに入国したと言うものだった。

 ナポレオンは公爵を逮捕する命令を出した。それを受けて騎馬憲兵隊は密やかにライン川を渡ると、公爵の居館を取り押さえた。その後パリ近くのヴァンサンヌ牢獄に収容される。


 パリの知事によって、フランス軍の治安判事団が公爵の裁判の為に即座に収集される。だがナポレオンは罪状の裏付けが希薄な事を知ると、告発理由を急いで変更した。こうして罪状の主だった内容は、過去の戦争でフランスに対し武器を振るい、またイギリスから金銭的援助を受け、第一統領の命を狙ったという内容に変わった。

 深夜に開始された裁判には証人も被告側弁護人も、証拠とされる手紙も提示されずに進行し、大急ぎで極めて略式の有罪判決文を書き上げた。

 アンギャン公自身はこれは冤罪だと主張しており、何としても晴らしたいと願っていた。だからナポレオンと面談したいとの請願をしたのだが、非情にも却下された。そして翌朝、公爵は14発の銃弾をその胸に受け、牢獄を囲む濠の中に倒れた。その側には彼の墓穴が既に掘られていた。




 スターバックスで午後のティータイムが済むと、夕食の買い物をしにまたスーパーに行く。アパートの周辺は、これらの店が全て徒歩の範囲に点在している便利な所なのだ。

 おれがカートに籠を乗せて押しながら店内に入ると、王妃さまは面白がって私にもさせてと、おれの代わりに終始笑顔でカートを押してくれた。

 夕食のメニューはまたカレーライスだ。


「王妃さま、これは玉ねぎです。カレーにはよく合います」

「た、ま、ね、ぎ」


 今は暗殺計画の事は忘れて、ショッピングだ。


「イスラムでは無いんだから豚肉でいいよな。王妃さま、これは豚肉です」

「ぶた、に、く」

「そうです」


 勿論食後のフルーツと、王妃さまが目を輝かせるケーキの数々を籠に入れたのは言うまでもない。

 レジに並ぶと、やはり王妃さまは注目を浴びる。男も女もさりげなくチラ見をして来るのだった。





 ナポレオンが砲兵将校であったことが、ヨーロッパ大陸諸国の歴史に、意外な影響をもたらしているようです。

 ヨーロッパの多くの国で車は右側通行なのだが、これはナポレオン戦争当時に確立したシステムだという。砲兵の移動は多くの砲車の移動を人力と馬匹でまかなうため、交通統制という考え方がとりわけ重視された。最低限、道のどちら側を進軍するか、というルールを定めておかないと、収拾がつかなくなる。右側通行が選択されたのは、何故かナポレオンがそう決めたとされている。

 このように、ナポレオンの軍事思想は合理性に基づいており、烏合の衆であったフランスの市民革命軍を、ヨーロッパ最強の軍隊に育て上げた。部隊編成から作戦指揮まで合理主義に徹した、ナポレオンならではの功績とされている。彼はただ戦が強かっただけではなく、その行政は際立った先進性を示していたようです。

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