第28話 ナポレオンの罠

 トラファルガーの海戦ではイギリスに大敗したが、陸上での勝利は続き、フランス軍はウィーンを占領して大量の火器と、更にドナウ川に架かる橋を無傷で手に入れた。

 ここで、ナポレオンは連合軍を誘い出すために心理的な罠を仕掛けた。

 約53,000人のフランス軍がアウステルリッツとオルミュッツを結ぶ街道に布陣している。対する連合軍の兵力は89,000人で、数で圧倒しており、劣勢なフランス軍を攻撃する誘惑に駆られているだろう。

 だが、連合軍は気づいていなかった。他のフランス軍部隊が来援可能な距離にまで到着しており、更に必要ならばウィーンの駐留部隊を強行軍によって呼び寄せることも可能だった。するとフランス軍の兵力は70000を超え、数的なんとか劣勢を補うことができる。

 そこでナポレオンは自軍が窮状にあり、交渉による和平を望んでいるとの印象を連合軍に与えた。戦闘を避けたがっているという弱気の演出だ。休戦の話が出るとナポレオンは非常に乗り気な態度を示して見せたのだった。




「王妃さま、ナポレオンは周到な罠を仕掛けています。フランス軍がせっかく確保した戦略上の重要な高地をむざむざ手放すような事はあり得ません。それは罠以外のなにものでもないのです。さらにナポレオンの見せる弱気そうなな演出が、連合軍側の判断を鈍らせているはずです」




「ユイトさん有難うございます。伺った話をすぐ前線の将軍に手紙で伝えました。結果はまだ分かりません」




 ナポレオンは戦略上重要な高地からの撤退を指示した。さらに退却に際して混乱している様子をつくり出すよう命じた。これによって連合軍は戦わずしてこの高地を占拠することになる。

 翌日、ナポレオンはアレクサンドル1世との会見を申し出た。それは次の段階の策略だった。ナポレオンは敵に対して意図的に憂慮や焦燥の態度を見せ、この様子に連合軍側はフランス軍の弱さの証拠を得たと確信した。


 策略は成功した。ロシア皇帝の側近や、オーストリア軍参謀長を含む連合軍指揮官の多くが即時攻撃を支持、慎重な意見は却下され、ここに連合軍はナポレオンの仕掛けた罠にまんまと嵌る事となった。



「ユイトさん、フランス軍の撤退した高地は連合軍が確保したようです」


「王妃さま、その高地はあくまで死守しなければなりません。特に敵に目立った弱点が見えるようなら、それが罠の可能性もあります。うかつに誘われて攻撃に出ると、罠にはまる恐れが有ります」


 連合軍の主力が動けばこの戦は勝てると、ナポレオンは側近に洩らしている。


 満を持してロシア・オーストリア連合軍約85,000はアウステルリッツ西方のプラツェン高地へ進出し、優勢な兵力をもってフランス軍への攻撃を開始した。

 フランス軍は劣勢であり、またその布陣は右翼がなぜか手薄であった。アレクサンドル1世はこれを好機とみて、主力を二手に分け、戦略上重要なプラツェン高地からフランス軍右翼へと向かわせた。

 フランス軍右翼を守る第3軍団は高地から駆け下りて来たオーストリア軍の攻撃に耐え切れずに押されたかに見え、さらに多くの連合軍部隊が勝を確信し、フランス軍の陣前を横切ってフランス軍右翼へ殺到した。

 これがナポレオンの仕掛けた最後の罠だった。


 ナポレオンは、主力なのに手薄になった連合軍の中央部に第4軍団を突入させた。守っていたロシア近衛軍団はフランス軍と激戦を繰り広げたが、ナポレオンの投入した新たな近衛隊によってプラツェン高地の連合軍は突破された。中央突破に成功したフランス軍は、他の軍団と協力して、フランス軍右翼へ殺到していた連合軍部隊を挟撃した。

 夕刻までに、連合軍は一万を超える死傷者と多数の捕虜を出し、散り散りになって敗走した。




「ユイトさん、連合軍はナポレオンの罠にはまり完敗です。私の出した手紙も用を無さなったみたいなのです。ただ帰って来た将軍たちの間では、私がナポレオンの罠を予見していた事に驚いているようでした」



 この頃プロイセンは中立的立場を取っていたが、ナポレオンの覇権が中部ドイツまで及ぶに至って、フランスへの宣戦に踏み切る。しかし、プロイセン軍は2倍の兵力をもって攻撃をかけるが撃退される。

 さらにフランス軍はプロイセンの救援に来たロシア軍との戦いにも突入。

吹雪の中の戦いは両軍ともおびただしい死傷者を出しロシア軍は撃滅された。

 ここにナポレオンのヨーロッパ全土に向けての快進撃が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る