第27話 ナポレオンの弱点

 先の戦でフランスはオーストリアに痛い敗北を味合わせたが、ナポレオンの野望はこんなものではないだろう。全ヨーロッパを視野に、何度でも出陣して来るに違いない。


「結菜さん、ナポレオンの弱点は何だと思う?」

「えっ」


 王妃さまから手紙で聞かれて、おれは何とか答えを出そうと歴史の資料を読み漁ったのだが、これだという答えが見いだせずにいた。


「弱点がなかなか見つからないんだ」

「じゃあ強みは?」

「彼の強みは機動力にあるんじゃないかな。兵士達のやる気の問題も関わっている」

「…………」


 ナポレオン戦争以前のヨーロッパの諸国は、傭兵を主体とした軍隊を有していた。だがフランス革命を経て創設された軍は、共和国を防衛しようという意識に燃え、一般国民からなる国民軍へと変質していた。

 革命後は強い愛国心から、自分達の国の為に戦おうという気運に満ちていたのだ。

 彼らは傭兵の集まりでもなく逃亡のおそれも低い。強い団結心があったため、兵士の自律的判断に依存する戦術を用いることが可能だった。

 他のヨーロッパ諸国のように、国王の命令で戦争に行かされるという感じでは無くなっていたのだ。

 フランスは国民軍となったことで徴兵により軍隊の規模は拡大した。これは当時フランスの人口が他の国と比べ非常に多かったことも優位に働いた。


「後はやっぱりナポレオン個人の能力が大きいな」

「例えば?」

「パリの陸軍士官学校では砲兵科に入っていたんだ。伝統もあり花形で人気のあった騎兵科ではなくてね」

「…………」


 ナポレオンの活躍したこの時代、歩兵がやる四角く密集した方陣は、四方八方の敵に銃を構える陣形だ。これには側面が無い為、騎兵での攻撃は極めて困難だが、密集しているから砲撃に弱い。砲弾がダイレクトに当たれば一発で壊滅するか、散らばった歩兵は騎兵の餌食になる。

 だがおれはまだ気が付いていなかった。新しいこの時代は火器の能力が異常に進化しており、おれの知っている知識は明かに時代遅れとなっていたのだ。



「彼は大砲を駆使する戦術の可能性を、いち早く見出していたんじゃないかな」

「この時代の大砲はまだ黎明期ね」

「そうだよ。花形の騎兵は今の時代で言えばミサイルやステルス戦闘機だけど、そこに登場して来るサイバー攻撃みたいなものだ」


 騎兵がまだまだ主役と思われていた時代だ。だが砲兵科出身のナポレオンは大砲を十二分に活躍させる事を考えた。さらに彼は歩兵にも注目した。この時代歩兵の歩くスピードはさほど重要ではなかった。移動命令を出したら、後は到着するまで何もしない。着いたら着いたで、今度は腹ごしらえをして次の戦闘に備えるといった具合だった。

 ナポレオンはそこを変えた。徹底的に歩兵の移動スピードを速めたのだ。

 敵の二倍のスピードで移動をすれば、チャンスは二倍になると指揮官には説明して急がせた。


 おれは王妃さまに宛てた手紙でその事を知らせた。


「王妃さま、敵はスピードを重視しています。対抗するにはこちらも軍の移動スピードを上げる必要が有ります。それでもやっとナポレオンとは対等なスタートラインに立てるわけです」




 その後、イギリスはフランスに宣戦布告した。それに対してナポレオンはイギリス上陸を計画し、ドーバー海峡に面したブローニュに18万の兵力を集結させる。

 これに対してイギリスは、オーストリア・ハプスブルク、ロシアなどを引き込んで対仏大同盟を結成した。




 再び王妃さまより手紙が来た。


「ユイトさんから伺った歩兵の移動スピードを上げる件なんですが、将軍たちに話してみました。でも結果は散々でした。女性の私が何を言い出すのだといった感じで、まったく聞き入れてもらえません。私が男だったら武器を手にして出陣するのですが、歯がゆいかぎりです」



 さらに王妃さまから戦況を知らせる続報が届いた。


 手紙によると、その後オーストリアはバイエルンへ侵攻したようだ。海でフランスと戦うイギリス軍を支援する意味合いもある。だがナポレオン率いるフランス軍はウルムの戦いでオーストリア軍を降伏させ、ウィーンへ入って来た。フランツ1世はモラヴィアへ後退し、アレクサンドル1世とクトゥーゾフの率いるロシア軍と合流した。

 追うナポレオンもドナウ川を渡ってモラヴィアへ進出し、アウステルリッツ西方へ布陣したようだと書いてある。


「アウステルリッツだって!」

「どうしたの?」


 手紙を読んで突然声を出したおれに結菜さんがびっくりした。


「アウステルリッツではオーストリア軍がナポレオンの罠にはまる」

「えっ」


 そのころ、いまだイタリア方面にはカール大公のオーストリア軍部隊がほぼ無傷で残っている。ナポレオンはこれらの部隊が集結する前にロシア・オーストリア連合軍主力を叩く必要があると考え、罠を仕掛けてくるのだ。



 おれはすぐユミさんに頼んで王妃さまに手紙を送ってもらった。


「王妃さま、オーストリア軍の事ですが、アウステルリッツの戦いではナポレオンの罠にはまる事の無いようにする必要が有ります。せっかく取った重要な丘から、あえて敵軍が撤退するような事でもあれば、それは罠です」



 史実ではアウステルリッツの戦いで、ナポレオンの誘いにまんまとはめられたオーストリア軍は惨敗している。それを王妃さまに知らせようとしたのだ。

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