第26話 王妃さまからの手紙

 結菜さんがおれに声を掛けて来たその時間は、暑い日差しがこれでもかとアパートの外を支配していた。


「結翔さん、昼の食事は何にする?」

「そうだな、昨日のカレーが残ってるよね」

「それでいいか」


 おれも結菜さんもただの甘党で、はっきり言って食通ではない。

 結局この日も冷蔵庫から残り物を出して済ませてしまう。

 そして食後のコーヒーを飲みドーナツを食べながら、パソコンを見ていた結菜さんが突然興奮しだした。


「結翔さん!」

「なに?」

「ちょっとこれを見て」


 彼女がそんな声を上げるのは、本当にすごい事が起きたのか、それとも通販サイトでバーゲンの掘り出し物が見つかったのかのどちらかだ。


「なんなの?」

「これよ」


 パソコンのディスプレーに映し出されていたのは、ユミさんからのメールだった。

 そのメールには王妃さまからの手紙が添付してあった。もちろんこの時点でフランスの王朝は倒れてしまっている。王妃ではなくなったのだが、おれと結菜さんの間では今でも彼女は王妃さまなのだ。


「えっ、なんて言って来たんだろう」

「じゃあ読んでみるわね」


 結菜さんに、王妃さまからの手紙を訳してもらう。


「親愛なるユイナさんユイトさん、お久しぶりです。いかがお過ごしでしょうか。御二人と過ごしたあの部屋での事や、ショッピングの光景が夢のように思い出されます。出来ればまたいつかあのような夢を見たいと願っています。

 でも現実は大変な事態になっているこちらの様子を話さなくてはなりません。

 と言うのも、フランス、ロシアに次ぐ規模の陸軍大国となっているオーストリアにとっても、現在のヨーロッパは予断を許さない状況なのです。

 昨年我が国はイギリス、プロイセン、スペインなどと、フランスに対抗すべく同盟を結びました。

 入手した情報でフランスは、ライン方面からと北イタリア方面から我が国を包囲攻略する作戦のようです。

 イタリア方面軍の司令官に任命されたのがナポレオン・ボナパルトだとか。

 彼はこれまで最前線でフランス軍と対峙してきたサルデーニャ王国を、わずか1か月で降伏させてしまい、我が軍の拠点マントヴァを46000の軍で包囲してしまいました。

 ですから、あっ、今将軍たちがいらしたので、詳しくお話を伺おうと思います。

 ではまたお手紙を書きますね。

                   マリー・アントワネット・ジョゼファ・ジャンヌ・ド・ロレーヌ・ドートリッシュ」




 おれはその手紙の内容を知ると、すぐ思い至った。


「この王妃さまが言っている戦争って、あの有名なナポレオン戦争のことだよね」

「そうなの?」

「うん、確かナポレオンが全ヨーロッパを相手に侵略戦争を始める最初のやつだよ」

「全ヨーロッパを相手にするって、ナポレオンはそんなに強かったの?」

「ああ、めちゃくちゃ強かったらしい」

「…………」


 結菜さんは動かしていた口を止めると、ドーナツをゴクリと飲み込み聞いてきた。


「でも王妃さまがフランス革命では助かって、歴史が変わってしまったのでは?」

「だとすると、この先はどうなるか分からない」

「…………」

「歴史は変わっても、ナポレオンの強さは変わらないだろうし」

「…………」




 マントヴァの要塞は、およそ14,000人のオーストリア軍兵と316門の大砲で守られていた。ナポレオンは周辺都市から砲兵装備を徴発して、包囲に必要な179門の大砲を揃え、46,000の兵力を配置した。

 その後ユミさんからのメールで戦況が分かってきた。

 要塞救援のオーストリア軍がフランス軍を攻撃して激しい戦いが始まったのだが、当初はフランス軍にとって不利に推移した。しかしオーストリア軍の陣形は、起伏の多い地形を十分考慮した陣形には見えなかった。

 この事に気づいたナポレオンは、よく連携された断続的な攻撃を仕掛けたようだ。ナポレオンの能力とフランス軍の早い行軍速度によって、オーストリア軍は集結前に各個撃破されてしまう。そしてフランス軍の砲により竜騎兵が一掃されると恐慌状態に陥り、さらに断続的なフランス軍歩兵の攻撃を受け潰走。数千人が捕虜となり、死者はそれを上回ってしまう。

 マントヴァは開城となって、オーストリアは停戦を申し入れ、屈辱的な条約を結ばされたのだった。



 ユミさんから再びメールが有り、王妃さまの手紙が届けられた。

 内容は、戦いに参加した将軍たちの共通する意見は、ナポレオンが異常に強いというもの。王妃さまはオーストリア軍の将軍たちが劣っているとは思いたくはないが、どうもその報告を聞いていると歯切れが悪いと感じたようだ。

 そこで、是非ともおれや結菜さんの意見を聞きたいというのだった。

 ただおれ達は未来を知っているのだが、王妃さまが何処までそれを認識しているのかは分からない。多分漠然と、特別な知識を持っているのだろうといったところか。

 しかしその知識とても、歴史は変わってきているから、下手な事は言えない。

 結菜さんも同じ意見だった。

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