第14話 二人の剣豪
「ユート殿」
城内であの剣豪が声を掛けて来た。名前はクルム・ゲ・ベイということだったが、クルムさんと呼ぶようにした。
「クルムさん」
「この者は私の腹心でヤスベと言います」
ユミさんに通訳してもらった。
「宜しく」
「こちらこそ」
剣豪同士が互いに挨拶し合うと、クルムさんの視線がヤスベの腰に行った。
「そのような剣は初めて見ます」
ヤスベが腰から刀を抜いて前に出して見せると、クルムさんはまじまじと見つめた。ここでユミさんが話題を変え、クルムさんに話し掛けた。
「クルムさん」
「はい」
「一度モルダビア公に拝謁したいのですが、可能でしょうか?」
その後クルムさんと一緒にダニエル氏と相談すると、会う事は可能だろうと言う事であった。だから俺とユミさんが会いに行き、軍を派遣してもらおうと提案した。ダニエル氏から特に反対はない。
ただ傭兵の件といい、今回のモルダビア公に会う提案といい、おれとユミさんの不思議な能力や行動に興味を示し始めていた。
クルムさんの話では、モルダビア公国のヴァシーレ・ルプ公の居城はここから馬で数日は掛かる距離らしい。
「結翔さん、では一気に行きましょう」
「えっ、ユミさん、もしかすると――」
「そうです。いちいち現代に戻らなくても、研究所と連携して直接空間移動が可能なんです」
「すごい」
ユミさんはクルムさんに、一緒に来て頂けますかと尋ねた。
「もちろんです。城の包囲網をかいくぐるのには私の力も必要でしょう。有能な部下を二十人ほど選びます」
「あっ、クルムさん、それは必要ありません。私達四人だけで充分です」
それでは危険すぎると言うクルムさんを連れて、おれと安兵衛を合わせた四人は空間移動をした。
「おぇうっ」
クルムさんが変な声を出した。
四人はカヤンとは別な城の前に立っていた。
「……これは、一体!」
さすが剣の達人も度肝を抜かれたようだ。
「クルムさん、入りましょう。案内をお願いします」
剣豪がまだ目を白黒させているにもかかわらず、ユミさんは先を急がせた。
ヴァシーレ・ルプ公は突然の訪問にもかかわらず、そのような状況でしたらすぐに軍を出しましょうと言ってくれた。
西のルーマニア王国と国境を接しているモルダビアにとって、国内でのルーマニア人貴族達の台頭は頭の痛い問題なのだ。だからここは戦争ではなく、紛争の仲裁という形で、モルダビア正規軍二万人を直ちに派遣してくれることになった。
四人は再びカヤンの城に戻って来た。
「がはっ」
クルムさんが、両手を膝について肩で息をしている。
「大丈夫ですか?」
「い、いや、これしきの事……」
剣豪は意外に神経過敏で、慣れるまではもう少し時間が掛かりそうだ。
ダニエル氏に報告すると、あまりの速さに驚き、明らかにいぶかっている。
「何をなさっているのか分かりませんが、敵もすぐには攻めてくる様子が有りません。これは長い戦いになりそうです」
ユミさんが声を掛けた。
「あの、お願いがあるんですが」
「どのような御用件ですかな」
「クルムさんをお借りしてもいいでしょうか?」
敵が砲撃を開始する前に、後方の本陣をかく乱しようと提案して、了承された。
「傭兵を使うつもりですか?」
「いえ、四人だけで行きます」
ダニエル氏は戸惑った顔をしたが、あえて反対はしなかった。ただ、
「ユミ殿も行かれるのですか?」
「はい私も行きます」
きっぱりと言い切ったユミさんに、ダニエル氏は驚いた様子であった。
翌日の早朝、四人はポルス軍本陣の近くに現れた、クルムさんはやはりまだ慣れてないようだ、冷静を装っているように見える。
作戦では安兵衛とクルムさんだけが敵を切り、おれとユミさんはスタンガンを構えて、後から付いて行く手はずになっている。無駄撃ちはしないで、危険と判断した時だけ援護しようと決めた。
敵本陣は森林に囲まれ、少し開けたところに設営されて、テントが幾つも建っている。
「あれは!」
ユミさんが声を上げた。テントの端で、低い杭に後ろ手に縛られひざまずかされた傭兵の何人かが、首を落とされ、さらされているではないか。
きっと昨日の突撃で運悪く捕らわれた者達だ。
「くそ!」
おれはすぐ近くに居た敵兵をスタンガンで撃ちそうになり、ユミさんに止められた。
「待って」
だが、クルムさんは早くも剣を風車のように回して敵を切りまくりだした。
安兵衛も鯉口を切り、刀を抜き放った。切られる敵兵は次々と声も無く崩れ落ちる。
二人の殺陣があまりにも静かな為、なかなか騒ぎにならない。見かけた者や、気付いた者だけが戦闘に参加する為、順に倒されてしまう。
だが、ついに皆が気づき、騒ぎが大きくなった。
「ヤスベさんクルムさん、引き揚げます」
城に帰るとクルムさんが聞いて来た。
「これは一体どいういう事なんですか?」
明らかに敵陣なので剣を振るったが、今またカヤンの城に居る。
訳が分からないと言うのだ。
「あの、そうですね、いわば、これは魔術のようなものです」
「魔術……」
ユミさんの説明で納得したのかしないのか、クルムさんは黙ってしまった。
そうだな、下手に時空移転などと言うよりも、魔術と言ってしまった方が、この時代の人にはなじみやすいかもしれない。
そしてその翌朝も奇襲を決行した。敵陣の状況を確認出来て、次第にピンポイントでの効果的な空間移動となる。
さらにその翌日も。
行くたびに敵陣がざわついてきているのが分かった。突然現れる手練れの刺客に、皆なすすべもなく切られるからだ。しかも厳重な警備となっているだろうに、それにもかかわらず現れる。
ついに本陣の周囲に防御柵が築かれ始めたが、もちろん何の効果も無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます