第13話 タタールの傭兵
安兵衛は改まって私の方に体の向きを変えると、
「では、殿が御出陣でしたら、拙者もお供させてもらいます」
と、一礼をする。
結局安兵衛は私とユミさんの護衛を買って出てくれ、戦に同行する事になった。
安兵衛が留守の間、娘のユキはラウラさんが面倒を見てくれる事になり、すぐラウラ邸に呼ばれる。安兵衛の妻ミネリマーフは、家族でモルダビア公国に到着した年の暮れに病で亡くなっていた。
「ユミさん、この子が娘のユキです」
安兵衛に紹介されたユキが、大きな瞳でユミさんをじっと見ている。
「ユキさん、初めまして、私はユミ・アレクシアと申します」
腰を落として床に片膝を着けるユミさんは、幼いユキさんに対して言葉使いが丁寧になっている。何しろこの少女は、一代でアレクシア家をヨーロッパ随一の財閥に押し上げた、偉大な御先祖様なのだ。
そのユキは安兵衛の手を握ったまま、つられて、ちょこんと頭を下げた。
「そうだ、ユキさんにお土産が有ります」
ユミさんは現代から運んで来た石鹸を、ラウラさんとユキの前に出して見せた。
「では蓋を開けますね」
まずユキに渡された石鹸は、贅沢に使用されたらしいラベンダーの香りがふんわり漂って、少女を驚かせるには十分だった。
次にラウラさんには、さっぱりとしてナチュラルなジャスミンの香りだ。
他にはレモンやライムなどの柑橘系、ほんのり甘く優しいスギの香りが漂うもの。
すっきりとしたみずみずしいシトラスな香りから、ローズ、と変化していき、そこにほんのりとバニラの香りが絡み合うという、上品で夢のようなような香りの石鹸が並んでいる。
またそのパッケージのデザインが可愛らしく、ユキは夢中になってしまった。
「このような物を何処で手に入れたのですか?」
ベネチアから石鹸を輸入しているラウラさんは、信じられないといった感じで見入っていた。
その後、傭兵軍団の隊長バルクから、準備が整ったとの連絡が入った。
おれとユミさん、腰に刀を差した安兵衛の三人は、ラウラさんの用意してくれた馬で軍団の野営地ベンダーに向かう。乗馬が得意というユミさんは、見事な手綱さばきだ。
ベンダーに到着した三人をバルクが出迎えてくれた。
さっそくおれがユミさんの通訳を交え状況を話す。
「我が方の兵力はカヤンの城に一万五千で、包囲している敵は五万から六万くらいだと思われます」
おれがそう言うと、バラク隊長は不敵に笑い、
「久しぶりの戦だ。暴れまくって、タタールの底力を見せてくれますよ」
と、兵力差などどこ吹く風だ。バルクは直ちに全軍の進撃を命令した。
傭兵騎馬軍団の兵力はラウラさんの言う通り、約四百だった。
城に向かう途中、先にダニエル氏に報告に行くと言うユミさんだけ、別行動を取る事になる。おれは並んで馬を進める安兵衛に声をかけた。
「安兵衛」
「はい」
「そなたとは久しぶりの戦だな」
「腕が鳴ります」
安兵衛は満足そうな笑みを浮かべる。戦乱を求めて大陸に渡り、オスマン帝国に身を投じた根っからの戦人なのだ。
「ところで殿は武器を持っておられないようですが、どうなされるのですか?」
「私の武器はこれだ」
ユミさんから頂いたスタンガンを、懐から抜いて見せた。高性能でかなり離れたところからでも、敵にダメージを与える事が出来るらしい。
軍団がカヤンに近づくと、バルク隊長に聞いてみる。
「敵の陣容は分かりますか?」
「はい、既に斥候を出して調べてあります。前線に町人や農民など寄せ集めの兵で、その後ろに大小の貴族部隊。最後尾にはポルスの本陣が控えておるようです」
「なるほど、では敵に気づかれないように接近して、本陣を急襲する事は可能でしょうか?」
「やってやりましょう」
バルク隊長には、指示が有ったら決行して、そのまま混乱に乗じて城に入って欲しいと言った。
今はユミさんの連絡を待つ。
「結翔さん」
「ユミさん、どうでしたか?」
「城では攻撃の準備が整ってます。傭兵部隊が援軍に来ていると伝えました」
「ではユミさん、もう一度城に行ってもらえますか」
ダニエル氏に、傭兵部隊が後方からポルスの本陣を急襲するので、同時に城からも討って出て欲しい。その後は様子を見て、傭兵部隊も城に入る予定だと伝えてもらう事にした。
「バルクさん、城との連絡が取れました。こちらの攻撃と同時に城からも討って出る手はずです。後は任せます」
「承知しました」
バルク隊長は今から敵の本陣に向かうから、堂々と進軍しろと全員に言い、敵に城側の軍とばれた時には突撃すると伝えた。
その傭兵軍は当初たいして怪しまれずに進軍していたが、やはり、
「まて!」
呼び止められた。
「お前たちは何処の者だ?」
ポルス軍は混成部隊なので、いちいち敵か味方か聞かないと分からない。だが、籠城中の敵を攻撃するのは、包囲している全軍の共通認識で、後方から敵が来ることは想定していない。一応何処の部隊か確認をしているだけだ。
聞かれたバルクははっきりと答えた。
「タタールの傭兵部隊だ」
「…………」
尋問した兵士達が皆で相談している。
「タタールの傭兵が来るって、おまえ聞いてるか?」
「さあ」
「だけどな、百姓まで駆り出して兵を増やしてるんだ。傭兵くらい雇っているかもしれんな」
「ちょっと待て、確認して来るから」
その時、バルクの右手が上がった。
「確認は無用だ!」
その場で呼び止めた数人の兵士が、次々と切り殺された。
「野郎ども、突撃だ!」
のんびり構えていたポルス軍本隊は、背後からの予期せぬ攻撃に遭い、多数の死者を出して混乱状態に陥った。襲って来たのが四百騎ばかりの小隊だとは思えず、逃げ惑う兵士が多い。
それでも、しばらくして状況が見えてくると、やっと冷静さを取り戻して反撃が始まった。
「突き抜けろ!」
隊長バルクの指示は留まって戦う事ではない。疾風のように本陣の兵をなで斬りにしながら突き進んで行く。タタールの傭兵騎馬軍団に入るほどの男達だ、馬を手足のごとく動かして、身体をずらし、剣で地面の草を払いながら走るなどたやすい事なのだ。
次々と敵兵の首が刈られていく――
そして城の方でも動きが有った。城門が開かれ、ダニエル氏の率いる兵が討って出て来た。
待ち構えるポルス軍最前線の兵士は、無理やり徴兵されて、いやいやながら従軍して来た町人や農民で、すぐ浮足だってしまう。さらに後方の大小貴族の軍に、逃げる農民兵が殺到して大混乱となった。
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