第15話「なに、謝罪だと!」
四人編成の刺客による度重なるポルス軍本陣への襲撃は、予想外の効果を上げていた。惨劇の現場が本陣であるが故、切り殺された者の中に重臣や将軍が多数含まれていたのだ。
ポルス軍混乱の情報を得たダニエル氏は、即座に城門を開けて攻撃に転じた。
五千を残して、城兵の一万と傭兵が堰を切ったように討って出たのだ。今回も最前線にいた農民兵は、たちまち戦意を失い潰走を始める。後詰めの貴族隊とぶつかり混乱したところに城兵が殺到する。
一気に突撃を敢行した為、ポルス軍は銃の二弾目準備が間に合わず、至近距離となりクロスボウさえ用をなさない。いきなり白兵戦が展開されてしまった。戦場は両側が森林で囲まれているが、七から八キロほどに広がっていた。
数の上では優位にあるはずのポルス軍だが、本陣の混乱から指揮系統が機能していないのか、バラバラな行動をする小隊が個別に撃破されていく。数千を超えるポルス軍の兵が討ち取られた
そして戦況が一変する事態が起きる。
ポルス軍の後方から、モルダビア正規軍二万が姿を現したのだった。
正規軍からは両軍に使者が出され、停戦を勧告して来る。
戦況を苦慮していたのか、ポルス軍の司令官はダニエル家の謝罪を条件に停戦しても良いと、モルダビア正規軍に返答をしたようだ。
「なに、謝罪だと!」
飲みかけのワインカップが投げられ、床を赤く染めた。
「首だ、首を差し出せ」
怒ったダニエル氏は、知行地襲撃実行犯全員の首と引き換えに停戦すると回答。
双方にらみ合ったまま膠着状態になった。
「ユミさん、本陣の襲撃をどうしたら良いと思いますか?」
「モルダビア正規軍が仲裁に入った手前、今はやらない方が良いでしょう」
「そうですね」
「それよりも結翔さん、お話したい事が有ります」
ユミさんが少し真剣な顔でおれを見て来た。
「話って、改まって何ですか?」
「私、この時代に残ろうと考えてます」
「えっ」
おれはユミさんの言っている意味が、すぐには分からなかった。
「残るって、あの、研究所に戻らないって事ですか?」
「はい、実は、ダニエルさんから結婚を申し込まれたんです」
「……えっ……あの……」
青天の霹靂だった。
確かに二人はいい感じではあったと思うが。まさかそんなとこまで行っていたとは。
結局二人は電撃結婚をしてしまった。
敵が城を包囲している真っ最中にだ。
しかも、問題はそれだけではない。とんでもないハネムーンが控えていた。彼に現代社会を見せてやろうと、ユミさんはダニエル氏を連れて時空移転をしてしまったのだ。
もうめちゃくちゃだ!
一体ユミさんはこれからどうするつもりなんだろう。
「ユミさん、何考えてるんですか?」
ハネムーンから帰って来たユミさんに聞いてみた。
「結翔さん、驚かせてしまいました?」
「いや、もう、驚くなんてレベルを超えてますよ」
歴史が変わってしまうなんてもんじゃない。ハチャメチャだ。
とは言うけど、おれもあまり人の事は言えない。かなり変えてきたからな。
五十歩百歩だ。
「もしかしてダニエルさんを大都会に連れて行ったんですか?」
「その点は大丈夫です。田舎を選んで見せました」
「…………」
「オスマン帝国が無くなっているのには、一番驚いていましたよ」
未来という世界を、何となくではあるが理解し始めているらしいとの事だった。
「ユート殿」
後ろからダニエル氏にいきなり声を掛けられた。
「未来の世界ではオスマンが消えたんですな」
「あっ、はい、そうです」
「我々の世界でオスマン帝国は巨人です。そのオスマンが消えてしまったなどという事は、未だに信じられません」
ユミさんの通訳なしでも、何度もオスマンの名が出て来るので、意味は何とか分かる。未来の社会を見て、それがよほど驚きだったようで、しきりにオスマン、オスマンと言っていた。現代で言えば、アメリカが滅亡して、消えてしまったほどのインパクトではなかったか。
しかし、いくらのんびりした時代とは言え、城が攻められている最中なのだ。ユミさんとダニエル氏が、有ろう事かハネムーンに行ってしまうというショッキングな出来事の後、おれは何とか気を取り直して、
「ところでユミさん、この紛争を何とかしないといけませんね」
「そうですね、紛争と言うには大きすぎる感じですけど。確かに何とかしなくては……」
実は、此処ははっきり始末をつけるべく、作戦を考えてあったのだ。
「そこでユミさん、敵の本陣襲撃の件ですが」
「はい」
「もう一度行きませんか」
「えっ」
今回は傭兵隊長のバルクも同行させる予定だと言った。四人と合わせて五人になる。但し行くだけで刀や剣は抜かない。バルクに様子を見させたらすぐ戻る。
「刀を抜かないって――」
「今の膠着状態を一気に解決しようと思うのです」
バルクに空間移動を経験させておき、次は傭兵軍団全員を敵本陣まで移動させて急襲し、決着を付けようという作戦だ。短時間で結果が出てしまえば、正規軍もあまり文句は言えまい。長引けば隣のルーマニアとの関係がややこしくなる。それは望まないだろう。
「ユミさん、傭兵軍団全員を移動できますか?」
「やってみなければ分からないですけど……」
「もうここまで来たら歴史も何もない。とことんやってやろうじゃないですか」
一度に全員が無理なら、何回かに分ければいい。どうせ移動は瞬時にすむ事だ。
ダニエル氏には作戦を説明して、了解された。
空間移動された隊長バルクは仰天していたが、さすが戦乱を潜り抜けて来た猛者だ。すぐに自分を取り戻した。
「ユート殿、本陣の様子は分かりました、やってやりましょう」
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