第3話 安兵衛の伝言

 その後ユミさんとは安兵衛の話で何日も盛り上がった。

 もちろん時空移転に関しては話さなかったから、辻褄を合わせるのに苦労した。うっかり現代人が知り得ない事まで話してしまいそうになる。


「ヤスベってそんなに強かったんですか?」

「ユミさん、彼の剣術は特別なんです。最初の一撃で相手を必ず倒すという、必殺の剣法で、目の前で見るとその凄さは信じられないですよ」


 おれは夢中で話しているから、ユミさんが「えっ」って顔をしたのに気が付かなかった。


「何しろ安兵衛があの狭いアパートで刀を抜いた時は……、あっ、その……」

「…………」


 しまった。やっちまったな。これはどう説明したら良いんだろう。


「お話を伺っていると、何かヤスベが前の前に居るようじゃないですか。そこまで彼にのめり込んでいるなんて……」

「あっ、はい、その、すみません、安兵衛の話になるともう見境が無くなるんです」

「そんなに熱心でお詳しいのなら、一度ヤスべのお墓詣りをされてはいかがでしょう」


 なんとかなったか。

 それになんと、ユミさんがおれ達をモルドバに招待してくれると言うではないか。

 彼女は日本に自社のプライベートジェットで来ているらしい。おれは興奮して即答した。


「あっ、はい、行きたいです」


 こうしておれと結菜さんは、モルドバに眠る安兵衛の墓参りに行ける事となった。






「ぐわあーー」


 おれは素っ頓狂な声を上げた。

 数日後、ユミさんの後に付いて行くと、そこに待っていたプライベートジェット。

 タラップの下まで来るとRR社製のエンジンが目の前だ。それにしても飛行機がでかい!

 だが俺はすぐある事に気が付いた。


「YASUBE!」


 機体にはローマ字でYASUBEと書いてあるではないか。


「ユミさん、このヤスべの文字は……」

「気が付かれましたか。そうです、会社の名前をヤスべにしてあるのです」


 もちろんユミさんは大の親日家でもあった。


「これでもプライベートジェットなんですか?」

「旅客用にすれば三百人以上は搭乗できるサイズです」


 もう隣に居た結菜さんも圧倒されて声が出ないみたいだ。

 おれはプライベートジェットというから小型のせいぜい十人か十五人乗りくらいの飛行機を想像していた。

 

「日本まで来るには航続距離の関係で、このくらいのサイズでないと給油とか都合が悪いんです」

「そうですか」


 機内に入ると、これはもうホテルだ!

 アイボリーホワイトの制服を着た女性が笑顔で声を掛けできた。


「お飲み物はいかがですか?」


 ウエルカムドリンクを聞かれたのだ。

 おれはコーヒーで結菜さんはジュースを頼んだ。

 すぐチョコレートのスイーツがケースに入って運ばれて来た。


「モルドバまでは十五時間くらい掛かります」


 なんと途中軽食やおやつは除いて、正式な食事は三回も出るらしい。

 それに寝る時はフルフラットになるベットをスタッフが準備をしてくれて、しかもシャワー付きの個室だ!

 もちろん結菜さんも飛行機以上に舞い上がっている。




 機内では何もやる事が無いから、散々飲み食いして、モルドバに着いた。もっと乗っていたかった……

 空港を出ると、静かでお落ち着いた綺麗な街という印象だ。

 この世界でもさほど豊かな国というわけでは無さそうなのだが、YASUBEは欧米中に営業所が点在しているグローバル企業で、その資本力は突出しているようだ。

 さっそく安兵衛の眠るお墓に案内してもらうことにする。

 場所は丘の上という話だったが、どこまで行っても緑豊かな住宅街が続いている、

 

「着きました。ここがそうです」

「えっ」


 確かに墓らしい公園になっているのだが、周囲を住宅が囲んでいる。


「ヤスべが葬られた時は、ただの丘でお墓以外に何も無い場所だったそうです」

「そうですか」


  墓は石造りで周囲も綺麗に整備されていた。おれと結菜さんは、途中の花屋さんで買ってきた花を手向けて手を合わせた。


「安兵衛、おぬしの活躍は大したもんだったんだな」


 思わず声が出た。それはおれの本音だった。

 ところが、墓石をよく見てみると、名前などの下に、なにやら碑文が刻まれているのに気が付いた。


「ん、なんだろう?」


 近寄って読んでみると、ローマ字で書かれている。

 何度か読み直して、息をのんだ。


「まさか!」

「どうしたんですか?」

「結菜さん、これを読んでみて」


 指差された碑文を結菜さんが読んでいる間に、ユミさんに聞いてみた。


「ユミさん」

「はい」

「この碑文は初めから書かれていたものですか?」

「それは死期を悟ったヤスべ自身が、墓石に刻むようにと書いたものらしいのです。その後も立て替えるたびに刻み続けられました。私には意味が良く分かりませんが、何かとても重要な言葉なのでしょうね」


 おれは改めて安兵衛を思い、墓石に手を添えた。


「安兵衛、未来ではきっとおれが来ると信じていたんだな。お前って奴は……」


 宇宙を構成している正物質と反物質との間に微妙なゆらぎが有り、トキはその隙間に入り込んで超自然な存在になったと聞いている。そのような人知を超えた能力が、フリーターのおれを戦国時代に転生させたのだ。

トキが何故そのような時空移転で違う世界に行けるのかは、いまだに分からない。

 だが時の旅を何度か経験した安兵衛は、おれより時空移転を小気味よく感じて四百年の旅を楽しんでいたのかもしれないな。


 墓石の碑文はオランダ式ローマ字で書かれていて、お会いという言葉が、うお会いになっていたから戸惑った。


「TONO MATA UOAISIMASITANA YASUBE」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る