第4話 四百年の螺旋階段

 安兵衛の墓の側にユミさんがいる。


「結翔さん」

「はい」


 ユミさんはおれをじっと見つめたまま聞いて来た。


「この碑文の意味は何ですか?」

「えっと……」


 まずい、これはまずいぞ。

 四百年も前の安兵衛がおれに声を掛けて来ているなんて、どう説明したらいいんだ。


「結翔さん、私に本当の事を話して頂けますか」

「えっ!」


 本当の事って――


「タイムマシンは完成しているんですね」

「は!」


 タ、タイムマシン……


「結翔さんからヤスベのお話を伺っていて、確信しました」

「…………」

「結菜さんのインスタグラムで、もしやと思って日本に行ったんですが、やはりそうなのですね」


 おれの頭の中は混乱していた。タイムマシンってどういう事だ。だがユミさんはそんなおれの疑問にも気が付かない様子で話を続けた。

 

「わが社のYASUBEでも世界に先駆けて時空移転の研究は続けていたのですが、今一歩のところで日本の研究者に先を越されてしまったんでしょう」

「あの――」


 もしかして、もしかして、戦国時代から帰って来たこの社会は、タイムマシンまで開発が進んでしまっている?

 おれが過去を変えた結果が、そこまで未来を変貌させてしまったのか。


「やはり結翔さんは過去にいらして、ヤスベに会っていたんですね」

「あ、はい、その、確かに会いました」

「やっぱり!」


 おれが観念して四百年前の時代に行った事を正直に話すと、ユミさんは目を輝かせた。


「だけど、タイムマシンなんかじゃなくって――」

「結翔さん」

「はい」

「一度わが社の研究成果を見て下さい」


 ユミさんがおれと結菜さんをYASUBEの研究施設に連れて行くという事になった。実は研究成果ではなく、トキという不可思議な方から転生されただなんて、どう説明したらいいんだろう。

 



 墓参を終えると、おれとユミさん、結菜さんを乗せたシルバーメタリックのリムジンが、日が落ち始め周囲を紫色に染めた安兵衛の墓の前から静かに走り出した。


 深々とした本革シートに腰を下ろすおれに、ユミさんは顔の向きを変える。


「結翔さんが何処の研究機関や企業に所属していようと、当然守秘義務はあるでしょから、話して頂けない事も承知しております」

「…………」

「ただ、私はこの事業に社の命運をかけているのです」


 おれの隣で結菜さんが何か言いたそうにしている。


「海運から陸運と空運に進出して成果を上げて来ましたが、これから世界の経済を左右するのは間違いなく時空移転業界で、どうしても早く名乗りを上げる必要が有るのです」

「あの、ちょっといいですか?」


 ついに結菜さんが声を出した。


「ひょっとしてユミさんは何か誤解をしていらっしゃ――」

「結菜さん!」


 おれの頼りない頭の中はフル回転をしていたが、ここはもう少し様子を見た方が良いと感じた。今転生やトキの話をしても、ユミさんは信じないだろう。肝心なトキは既に居ないんだし、話がややっこしくなる。


「結菜さん、もう少しユミさんの話を聞いてみようよ」

「ええ……、だって」


 おれは結菜さんに目で、ここは俺に任せてと合図を送った。

 その後ユミさんからはYASUBE研究所の時空移転装置の開発と進み具合を聞かされて、おれも結菜さんもうなってしまう。人を自由に時空移転させる事が出来るのは、もう秒読み段階まで来ていると言うのだ。

 一見おれが居た当時と変わりない日常生活のように見えた社会も、その中身はとんでもなく変貌を遂げていたのだった。

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