第2話 「あの、お茶なんだよね」
結菜さんもおれも甘党だと知ったユミさんから、翌日はアフタヌーンティーに招待された。
ユミさんと滞在先のホテルロビーで再会したが、彼女の優雅なファッションには圧倒される。なにか住む世界が違うようなと思っていると、スタッフがやって来てエレベーターで上層階に案内される……
昨日の街中で入ったカフェとは全く様子が違ってくるから、隣を歩く結菜さんにそっと声を掛けた。
「あの、お茶なんだよね」
「…………」
ホテルで会うという事で、一応一張羅を着込んで来た結菜さんも心なしか緊張しているように見える。
大きな展望の良いラウンジに着くと、さらに別室に案内される。お茶を飲む為だけに個室が用意されていたのだ。
ホテルのエグゼクティブシェフ率いるチームが時間をかけ創作したプライベートエリアで、アフタヌーンティーが提供されるという。
落ち着いた室内で、壁にはモダンアートの絵画、テーブルの横は季節のフラワーアレンジで装飾されている。
見とれていると、部屋に案内してくれたスタッフとはまた別な女性が声を掛けて来た。
「こちらはアッサムティーセレクションですが、他にもグリーンティー、タイ紅茶など、どれもシェフが特別に選んだもので御座います。またオーガニックコーヒーも用意して御座います」
優雅な仕草の女性は「エスプレッソ、モカ、カプチーノ、ラテ、マキアートなどもご要望にお応えいたします」と丁寧に言った。
やがてテーブルに色とりどりにデザインされたスイーツが運ばれてくる。甘党のおれと結菜さんはもう声が出ない。
次々と並ぶ、スイートクロテッドクリーム、パッションフルーツのジャム。
カノム クロック:ココナッツ・ライスケーキ。
チェリートマトのキッシュ。
クロカンブッシュ:マンゴーカスタード入りミニシュークリーム。
ミニチョコレートムース。
よりどりみどりだ!
早くも真っ赤な“いちご”モチーフのデコレーションを取り入れたムースと抹茶チーズケーキを交互に口に入れてしまった結菜さんは、初めてあの秀吉の建てた大阪城を目の前にした時と同じ陶然とした表情を浮かべて、目がうつろになっている。
もちろんおれも遠慮なく頂いた。
暫く食べてやっと落ち着き、興奮も収まってくると、ユミさんをほって置いては失礼だと気付いた。
「ユミさん、食べてばかりですみません」
「いいえ、昨日はヤスべの興味深いお話をどうも有難う御座いました」
「あ、いえ、そんな事」
今度はさっそくユミさんから御先祖の話を聞いてみる事にした。おれがユミさんから安兵衛の娘ユキの話を聞く番だった。
ヨーロッパで海運王と呼ばれるまでになったユキなのだが、編成した商船団が地中海から大西洋、さらにはインド洋まで進出していたという。
「ユミさんはその事業を引き継いでいらっしゃるわけなんですね」
「私は力不足で、とてもユキのような活躍は出来ないでいるんです」
「やはり海運事業ですか?」
おれは柄にもなく、口をついて出て来る話がでかくなっている。
「今は陸と空運にも進出しています」
「…………!」
心の乱れを隠そうとナプキンで口元のクリームを拭き取ったおれだが、フリーターの自分を思いだすと、一瞬で話すべき言葉を失ってしまった。
あの安兵衛の子孫が……
「空運って、航空会社の事ですか?」
「プライベートジェットを世界中にチャーターしております」
「…………!」
なんとか先に進もうとしたが、もう完璧に言葉が出てこなかった。話に付いていけない。
おれは紅茶を一口飲んで、やっと質問を続けた。
「そのユキさんなんですが、何故海に乗り出したんでしょう?」
「ヤスべが知り合ったラウラ・アレクシアはベネチア商人の娘で、ヤスべの死後ユキは彼女の養子になったんです。当時の海運は商売の王道でしたから、それが自然な流れだったと思います」
治安の悪い正に命懸けの外洋航海に乗り出したのだが、ユキの商船団は安定した実績を積んでいた。なにしろ船にはイングランドの海賊ウィリアム・ハックと三百人の部下達が乗り組んでいるのだ。掠奪をもくろみ停船命令を出して商船に横付けなどした海賊は、皆ハック達手練れの者の反撃に驚き、なすすべもなく捕らえられ、ユキの船団が基地とするワラキア公国に連行されるのだった。
ユキの名がヨーロッパ中に響き渡ると、もう掠奪しようなどと試みる海賊が居なくなってきた。
ところがある時、旗からユキの船と分かっていて手を出して来た海賊が居た。いきなり大砲を撃ち込んで来たのだ。海賊船は一隻なので、ハックは商船四隻を連携させ対処した。海賊を警戒するユキの指示で、常に複数の船で交易をするようになっていたのだ。
「舵を切れ。回り込むんだ!」
旗で仲間の商船に合図を出すと、やがて海賊の撃った砲弾が商船に当たり始める。
「包囲しろ、奴は一隻だ。ぐずぐずするんじゃねえぞ!」
ハックの号令が甲板に響き渡っている。
船首と船尾に設置された、大口径の機関銃の覆いが外されて、銃弾が差し込まれる。鉄砲鍛冶の仁吉が、フリーターから提案されたアイディアを元に考案した機関銃で、見事に進化していた。一隻当たり四丁、四隻で十六丁の機関銃の銃口が海賊船に向けられた。
当時は大砲と言えども接近戦用だから距離は近い。十分機関銃の射程範囲でもある。
やがて凄まじい数の銃弾が海賊船の横腹や甲板に当たり始め、大砲の開口部が大きく防御もないから砲手は次々とその場に倒れていく。
商船側も至近距離で大砲を撃たれて、かなりの被害が出てくる。
「突っ込め!」
剣を抜いたハックの命令で、一隻の商船が海賊船にほぼ体当たりをした。
「野郎ども、やっちまえ!」
こうなるともうどっちが海賊なのか分からない。甲板上で血みどろの戦闘が開始された。その内に反対側にも別の商船が横付けされ、新たなハックの仲間がなだれ込んで来ると、これで流れは変わった。
残った海賊は甲板の片隅に追い詰められたのだが、仲間を大勢やられたハックの手下は頭に血が上っていたのか、降参する海賊全員を切り殺して海に投げ込んでしまい甲板は血の海。
この話が伝わると、もうユキの商船に手出しをする海賊は全く居なくなってしまったという。
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