Breathing
「私、人形に成りたいのよ」
インタビュアーの質問に彼女はそう答えた。
「人形だって言うのなら、もっと言うことを聞いて欲しいのですけど」
「下手くそ……
いい? 人形っていうのは指一本も、髪の毛一本だって誰かの為に動かしたりしないのよ。
思い通りにいかないのはアナタの至らなさが原因じゃないですか?」
それは、彼女が仕事相手と毎回するやり取り。そして、同時に彼女の哲学であった。
初めは彼女のいい加減な態度に苛立ちを見せていたインタビュアーも、彼女を追求していくにつれて彼女の一貫性とその先に見詰めているものに気付かされ、魅せられていった。
『なぜ様々な分野に挑戦するのか』
『なにが最終的な目標なのか』
その答えを彼女の口から聞くことは出来なかった。
けれど、彼女は自分自身、『
「————って書かれていたからモデルをお願いしたけど、やっぱり見た目は普通の女の子ね」
「どう書くかは本人次第でしょ。
それとも、私を普通じゃない女の子にしてくれるの?」
「そのつもりだけど。
それじゃあ、そこの椅子に座って。あとは私がするから」
彼女、人形写真作家のマリーは淡白に答えていく。そんな態度のせいで私の中には緊張感があった。
言われた通り椅子に座ると、彼女は私の目の前まで
彼女は私の右肩を掴んで、軽く背もたれに押し付けた。次に反対の手で視界を覆い、瞼を閉ざした。
真っ暗な景色の外で彼女は私の身体を
遠慮せず—けれど無理矢理じゃなく—私の身体を動かしている。
ああ、これじゃあまるで。
彼女の体温を感じて、彼女の息が触れて、彼女の顔が近いことに気付いた私は呼吸を止めた。
しばらく調整され続け、
多分、今この瞬間、私は世界で一番美しい。
緊張と興奮か—それとも酸欠か—鼓動はどんどん早くなっていき、もう何度目かの調整のあと、ついには決壊した。
激しく呼吸をしながら椅子から落ちた。四つん這いになりながら、急いでマリーの顔を伺った。
彼女は驚きつつも心配そうな顔をしていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。せっかく調整してもらったのに」
彼女は、泣きながら謝る私の前まで来て、怒ることも、蔑むこともせず、
すくい上げるかのように私に触れた。
「アナタ、本当に
「こんな容赦無く身体を触る貴女も相当ですよ」
「最初はね、脅かしてやろうと思ってアナタにモデルをお願いしたの。
でも、今、アナタが本物だって分かったから、ちゃんと撮ってあげる」
「…私は、偽物ですよ」
「じゃあ、私がしてあげる。
だから、もう泣かないで。化粧も直してあげるから」
「うん…。また私に魔法をかけて」
「魔法で満足できる?」
マリーの調整はさっきよりも大胆に—けれどとても丁寧で—繊細な手心と息遣いがあって、私はそれに興奮と心地良さを覚えていた。
彼女の手で私が造形されていく。
彼女の手が加わった場所だけが——
貴女の息が掛かった場所だけに——体温を帯びる。
嗚呼、今この瞬間、私は世界で一番美しい。
眼に染みた照明の跡、忘れられないシャッターの音、
脳裏から離れない、貴女が私を見る眼。
撮影を終えた私はずっと呆けていた。
撮影用の椅子に座ったままの私の瞳にはスタジオの片付けをするマリーの姿が映っていた。
彼女は私を気遣ってこのまましばらく休んでいていいと言ってくれていたけど、ひとしきり片付け終えて私の方まで歩いて来た。
もう退かないと。
「ねえカンナ、私たち愛し合えるかしら」
「…ダメ、私の片想い」
人形劇-monologue- 月光と紅茶 @moonlight_tea
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