芽吹き

 少し前この玩具屋「タイプライター」で盗難騒動があった。

そんなことを思い出したのは二人の小さなお客さんがお金を出し合って一人のドールロイドを買っていたから。


 ここの店主とは親しい私はこんな話題を彼に振ってみた。


「決められた代価を払っていない者にオーナーの資格があるだろうか」と。


店主クロフォードさんはこう答えた


「ドールロイドへの金銭で支払える代価は企業や店舗に対するものでしかなく、ドールロイド自身への代価は覚悟と行動で支払われる」


例えばお店に足を運ぶ行動。

例えばドールロイドを買うという覚悟。

そして共に過ごす覚悟とその為の行動。

おそらくはそういうことだろう。

 だとするならば、あの少女たちには等しくその権利があるのだろう。

あの少女らを分かつとしたら、その行動によってだろう。二人の間でならば。

 だが、どうだろう。ほかのオーナーからすれば、彼女らは等しく扱われるだろうか。


―― かつてここで半額で売られていたドールロイドを買った者が居たという。

その者に同じだけの覚悟があったのだろうか。


他と等しくない代価で手に渡ったドールロイドは幸せになれるのだろうか。


手にしたのなら彼女を幸せにする責任があるんじゃないだろうか。――


というのを、一切の覚悟の無い私が考えても仕方がない。


 少女たちは本当に幸せそうだ。起きたばかりのドールロイドと随分と楽しそうに戯れている。

彼女の価値は私が決めると言わんばかりに、彼女の幸せに疑問を持たずに。


 クロフォードさん、あの少女たちや値引かれたドールロイドを買った者、ドールロイドを盗んだ者。彼らに同じだけの覚悟があるのでしょうか。同じだけドールロイドを愛せて、そして幸せにできるのでしょうか。


彼は言っていた。


「立場上認める訳にはいかないですがね、

罪を背負ってでも手に入れたかった。だなんて酷くロマンチックで、あの子は幸せ者だ。

立場上認める訳にはいかないですがね。」


 家に帰るとその言葉が頭の中を何度も駆け巡る。私はそうは思えなかったのだ。

だから。だから私は動くことないこの人形を元の場所に返すことにした。

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