Daydream

 これは飽きもせず訪れるある夏の日、君に見た母の温もり。


 夏季某日、学生の長期休暇に祖父母の住まいへと駆り出されていた。

 年に一度か二度、ずぼらな祖父母夫婦の為に掃除をさせられる。

私はというと「若いんだから」と庭に放り出されていた。

 今年は二つ上の従兄弟は来ていなかったから一人だ。

 不揃いな雑草をもう半分は刈っただろう。汗も多くかいた。水でも飲もうと屋内に入ろうとしたが、何年も前から気になっていた蔵に目がいってしまった。

 好奇心には逆らえず陽炎すら見える暑さの中、その扉に手をかけていた。

 開けるとやたら埃っぽい空気に噎せ返る。

 中は案外に広く、少し探索するつもりで普段の癖で戸を閉めた。すぐに噎せて戸を開こうとしたが引っかかってる様に動く気配もない。

 冷や汗が出た気がした。くだらない好奇心でこんな目にあって無性に苛立って積み上がってた木箱を蹴飛ばした。

そんなことをしたら当然積み上がってたものが倒れてきた。幸い自分に降ってることはなかったが、また煙が舞って咳をする。

 粉塵が落ち着くと、足元に人形が転がってきていたことに気付いた。

 手に持ってそれがドールロイドだと気付く。ヒンヤリと冷たい柔らかな柔鉄の感触。

 細い髪とガラス玉の様な瞳。酷く人工的な姿をしている。

 人形を見渡していると君と目が合った。



――陽炎に揺れる心と弾けた泡沫。


差し出される太陽光が空の塵を発光させて作るプラネタリウム。

目まぐるしく流れる天体の中に大きな惑星が二つ。君と、僕だった。――



「君の名前は・・・僕はエドワード・サミア・キャンベル。サミアっていうのはもう亡くなった母さんから貰った名前なんだ」


「そうなんだ。私はね、アナスタシア・ラビアングラス。そのサミアの人形よ」


「母さんは昔どんな人だったのかな」


「明るくて、優しくて、強い人だったわ。でも、もう会えなくなってしまったんだね」


「そうか、昔から変わらないんだね」


「そうね、ずっと変わらないのね」


「ねえ、アナはいつからここに・・・」


「覚えてもいないわ。昨日のことだったような、もっとずっと昔だったような」


「そうか」


「サミアが私によく言っていたことがあるの」


『心っていうのはいつだってワガママだけど、そんなワガママを聞き入れてくれる人は愛してあげないとダメよ。その人はきっと自分のワガママを我慢してくれているのだから。

愛することは難しいかもしれない、愛することは辛いかもしれない、それでもいつか、貴方がワガママをあげてもいいと思える人が現れる時まで貴方の愛を育みなさい』


ああ、それは母さんが僕によく言っていた。

あの頃は今よりもずっと幼くてその言葉の意味なんて考えたことなかったけど今なら分かるよ、母さん。

父さんも、爺ちゃんも、婆ちゃんも、みんな本当はもっとワガママなんだよね。

母さん。母さんが笑っていてくれるなら、僕は少しくらいワガママを我慢するよ。



 その後、アナとどんな話をしたのかよく覚えていない。気付いた時には縁側で寝そべっていた。

ボヤボヤと父さんや婆ちゃんが何かを言っていて寝ぼけていた僕は

「多分、母さんの夢を見ていたよ」

と言った。

「こんなに心配したのに、呑気なもんだ」

なんて父さんたちが笑っていた。


「もう帰るよ。荷物はまとめておいたから」

とバッグを渡され、ほんの少しの間夕日が差す庭を何も考えず眺めていたら、とうとう父さんに声をかけられた。


「もう行くぞ」


父に手を引かれるように連れられ、玄関先まで来たところで足が止まった。ふと思い出した。


「ああ、そう言えば」


帰り際、あの人形を思い出した。


「忘れ物を思い出したから」


と言って父親を待たせて蔵に行った


また埃っぽい空気に噎せながら、また彼女を見つけた。

変わらない姿のまま座っていたアナにかかった埃を払いって持ち上げてた。


「一緒に帰ろう」




 あれから彼女が目を開けることは無かったけれど、何故だろう。ずっと僕を見守ってくれてた気がする。


そして今日、僕の晴れ舞台に君も出席している。

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