ones
白銀に輝く街並みの中を人々は闊歩する。
普段は砂色の石畳たちを覆う雪。
その上を子供たちは手袋をしてはしゃぎ、マフラーをした大人たちは仕事へと向かう。
その中で白い溜め息をつく男がひとりいた。
登ってゆく溜め息を見つめ「今朝と一緒だ」そう呟き、太陽の沈みきった空を眺めていた。
家にはドールロイドが一体いるだけ。
ここで雪に埋もれても、咎める者など誰もいないだろう。
それでも、あの寒がりだと言う人形は今もその寒さに震えているのだろうか。
眠るなら「やはり寒がりだなんて戯言だったな」と笑ってやってからでもいいだろうか。
そう悶々と考えならがも彼は帰路を進んでいた。
どんな顔をしているだろうか。そう思いながら玄関を開け、部屋の扉をくぐる。相も変わらずその小さな人形、キャロルはベッドの上に座る。
「何故いつもベッドに入らず、ただ座っているんだ・・・」
「私ではベッド を暖めることができないもの」
「そうか」
「うん。それに私が寝ていたら寂しいでしょ・・・」
「全くそんなことは無いがな」
そうして少しの戯れの後に、部屋の電気を消す。一人と一人。ベッドの上で横たわる。
キャロルが彼に少しだけ身を寄せた。
「なんだ、また寒がっているのか」
「そう」
そんなキャロルの戯れに付き合う気力もなく眠ってしまう。
目を覚ましカーテンを
この時期はしばらく雪が降り続けるのだから当然だろう。だがそんな当然の様な事柄にすら落胆し、溜め息をつく。
その溜め息が白くなりそうな程寒い部屋、電気ストーブをつけじんわりと暖まっていくのを待ちながら朝食を準備する。
二枚のトーストと一杯のインスタントコーヒー。
ジリジリと電気製品は音をたてている。
キャロルがズボンの裾を
「ああ、起きていたのか」
キャロルは何も言わず見上げている。
「これから朝食なんだ。どいてくれ」
「朝は冷えるから」
「ああ、そうか」
そう言って彼はキャロルを物臭に抱えて、抱えながら朝食をテーブルに揃え、椅子に座り、抱えていたキャロルを膝の上に降ろす。
トーストの一枚を手に取り、少々固まって、皿に戻した。今度はキャロルを持ち上げて向かって左、テーブルの縁に腰掛けさせて、また朝食を食べ始めた。
淡々とこなされる食事。キャロルはただ落ちるパンくずを見てぷらぷらと足を振る。
「上機嫌じゃないか」
「部屋がとても暖かいからね」
彼女の言うことは訳が分からないものばかりだ。それでも沈黙よりかは幾分かマシだった。
「部屋の温度しか知らないだろう」
何気なく返す。
「連れて行ってくれるの・・・」
「行きたい場所も、無いだろう」
それから黙々と食事を続け、やがて食事を終え、食器を片付ける。
もう食器の無くなったテーブルへ振り返ると、座ったままで眠るキャロルの姿がある。
その意味を彼は分かっていた
―――これだけは必ず覚えていて下さい、
機械人形は通常、座ったまま眠らない。
その眠りはエラーを起こし、機能停止状態になっていることを意味しています。―――
キャロルを買った時、店主からそんな話をされていた。
小さく名前を呼んでみる。返事はない。また名前を呼ぶ。どうしようもなかったが、その店主のことを思い出して考えていた。
専門の技師も、それすらあるかも知らないが、彼ならそういう事も知っているだろう。というより、ドールロイドについて尋ねられる場所なんて他に無かった。
キャロルを抱きかかえ上着一枚だけを羽織り家を出た。
焦っているのが何故か恥ずかしく、周りの目を気にしながら、けれど早歩きで。普段通る時よりもどこか静かな雪畳の上を人形だけを持って進んだ。
件の店舗まで到着はしたが、まだ
一息をつき、その溜め息が視界を覆う。
かいた汗が身体を冷やす。
その寒さに震え
呼吸は細かくなっていき、次第にその白さを失っていく。
肩に積もる雪の重圧に敗れ、膝を着きそうになった時、声をかけられる。
「あの、どうしましたか」
「いえ、大丈夫です」
そんな筈がない。全身に雪が積もり、身体を震わせていたのだから。だが男は事情も聞くこともなく
「ここでは凍えてしまいますから
そう言って玩具屋の入口を鍵で
いまどき見慣れない燃焼式ストーブに火を着け、その前に彼を座らせ
「これくらいしかないですが、そのままじゃ風邪を引きますから」
と渡すこの店の制服。
息が整うまで互いに沈黙していたが、ようやく彼は口を開いた。
「あの。キャロルを、彼女を診てもらいたくて」
そうですよね。と言わんばかり率直に
「しばらく時間と彼女を預からせて頂きますね」
と言った男に、彼はようやく落ち着いた声色で返事をし、キャロルを預けた。
男はキャロルを大切そうに抱え、扉の向こうへと消えていく。
安堵と不安、半々に待ち構えるとすぐに男が戻って来た。嫌な想像をした。
「キャロルは、」
立ち上がり駆け寄る様に数歩足を出す途中、聞き馴染んだ声がして止まった。
「ここですよ」
男の手元を見れば目を開けたキャロルが彼を見ていた。それに気が付いてまた駆け寄る。
「良かった。良かった。」
なんのかは分からない涙が溢れてきた。
膝を着き、泣き縋る。
男は微笑んで何も言わず彼にキャロルを渡した。
彼はここへ来る時よりも強く、強くキャロルを抱きかかえ、未だ止めどない涙を流し続けていた。
「今日は休業にでもしますから、服が乾くまででも、それ以上でもここにいて下さい」
店主の言ったことで「はっ」とした。
「いいえ、これ以上迷惑はかけられませんから、長居はしません。それと、料金はどれほど・・・」
不思議そうな顔で店主が答えた。
「いえ、こんなことでお金を取ったりはしませんよ」
「だけどキャロルを治してもらったのだから」
と言うと「そういうことですか」と返し、茶化し気味に続ける「貴方が思っているほど大事ではなかったですよ。それに珍しいものも見れたので私としては十分です」
間もなく店主は説明した
―――キャロルは俗に言えば欠陥を抱えているドールロイドということ。
組み込まれた思考回路の影響で頻繁に機能停止してしまうということ。
それは再起動すれば問題無く動きだすこと。
それを「キャロルは考えすぎてしまうのに、考えすぎると眠くなってしまうんです」なんて言い方をしていた。
そして「ドールロイドをこんなにも大切にしている人が見れて嬉しかった」とも―――
それから店主は「好きなだけ二人でくつろいで下さい」とホットココアを用意し、席を外した。
熱いココアを飲み、一息をついた。
その時のことを思い出す。生活感の薄い見慣れた部屋で、またホットココアを飲んでいた。
テーブルの縁に座らされているキャロルがずっとこちらを見ている。
「どうしたんだ」
声を掛ければ答える。
「貴方ばかり温まってずるいわ」
「そうか、それじゃあもう寝るとしよう」
そうして最後の一口を飲み、キャロルを抱えてベッドへ向かう。部屋の電気を消し、ベッドで共に横になって目を瞑った。
だけど一度瞼を
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