二◯二号室。

 高校一年生の春。引っ越した先で 誰も帰って来ない部屋があった。

それは僕の隣の部屋。二◯二号室。

錆びた鉄格子と階段がよそから見渡せるような安物のアパート。こんな場所に暮らす人は皆 訳ありだろう。詮索はしない。


 毎朝その部屋から音が聞こえるんだ。ただしこれは怖い話なんかじゃない。

鮮やかで 濁りのない、だからこそ不自然で そして綺麗な声が朝に歌う。

その小さくかわいらしい歌声は、隣から聴こえるというよりは窓から入ってくるような そう、ベランダから。

ある日 少しだけいい目覚めをした僕は パジャマのまま 素足でベランダに出た。


 あの綺麗な歌声が鮮明に。

捨てなかったものたちの上に 飾るように置かれた人形が歌っている。

ラ、ラ、と何処どこにでもなく、誰にでもなく無機質に。

その姿は 帰らぬ誰かを想うようで、そんな物悲しさに魅入られ 彼女の歌声を聴きに行くのが日課になっていた。


いつしか僕は知りもしない誰かの帰りを待っていた。

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