ダイヤモンド×ダスト

―――『幸せになれる魔法の言葉を探していた』―――


 随分と暗い夜の中、散らかった部屋。

募る疲れと増えていくだけの預金、生き甲斐の無い人生。

寝そべりながらその気を紛らわす様に彼は窓を見て星を数えようとしては辞めていた。

少し動いた拍子に「クシャリ」と散らかしたままだったチラシの束が音を立てた。

「星を数えるくらいなら」とチラシの束を一枚二枚眺めていた。

 蛍電球だけが光る部屋、文字はイマイチ読めずに、その中で一際目立つものを見つける。

チラシと言うよりは、新聞、記事のような、だけどそれよりもずっと古めかしい物。

驚きと動揺。部屋の電気を付けた。

「『Toy Shop Typewriter』 WINTERSALE. 〜年の終わりに新しい出会いを〜」

洒落臭い“見出し”だ。

“記事”を見れば子が親に強請ねだるような物ばかり紹介している。

なのに彼はその中から目を引く物を見つける。

 愛玩機械など一切の興味も持ったことがない彼だったが、その半額で売られてる人形がどうにもやるせなかった。

都合良く明日あすは休暇だ。

『運命の悪戯』そんな言葉を浮かべたが首を横に振り床に就いた。良い夢を見て。


 翌日の朝。それしかない正装をクローゼットから取り出し、浮かれる気持ちを隠す堅苦しい足取りで目的地を目指した。


 その外観は人気の玩具を取り揃えていると言うよりはアンティークショップであり、アンティークショップと言うよりかはアンティークで装飾したかのような風貌の店「Typewriter」

立ち並ぶ建物の中で一際異彩を放つ店構え。間違える訳もなく入店する。


「いらっしゃいませっ」


活気のある元気な挨拶が飛んできた。

少女は飛びつくように話しかけてきた


「それ、ウチのチラシですよね」


「あ、ああ」


と少女の勢いにやられて弱々しく返事をし、けどこちらにも目的があるので弱々しくも尋ねる。


「この、これ、えっと。このキャロル・ダイヤモンドっていうのを買いに来たのだけれど」


「ああ、その子」


意味深に小さく俯く少女だったが「何か・・・」と聞く隙もなく、彼を会計機隣の椅子へ案内した。

「こちらでお待ちください」

さっきとは違った幼さの無い笑顔でその場を去っていった。


 何か訳ありな商品だったのだろうか。そういう考えが頭を巡り小さな後悔を抱える。

椅子に座りながら少しの間待っていると、商品であろうものを持った男性がやって来た。


「お待たせしました」と軽く挨拶を交わし、テーブルを挟んだ向かいに座った。


どうやらドールロイドというのはそれなりに精密な機械らしく、取り扱いの説明や軽い手続きをすることとなった。


ひと通りの説明を終えると、男性は「最後に・・・」と言った



―――ダイヤモンドは無垢で精巧で曇りも綻びもなく見えるけれど、酷く繊細で小さな亀裂ですぐに砕けてしまう。

その扱いづらさから敬遠する人も多いけれど、貴方ならきっと彼女の綻びに気付いてあげられる気がします。どうか大切にしてあげて下さい―――


正直、言っていることの殆どは理解できなかった。

だか、何故だろう。売り手てあるはずのこの男性はその人形を本当に大切にしているようで、「容易には手放したくない」そんな意志を感じた。

可笑しいだろう。だって彼はこの店の店長で、人形を値引きしたのも彼なはずなのだから。


そんな解決しない気持ちと共に人形、キャロル・ダイヤモンドを持ち帰る。

受けた説明に従って初期設定のような作業を終わらせる。


「貴方の名前は・・・貴方をなんと呼べばいい・・・」

その問いだけを発し、キャロルはそれからは静かになってしまった。


いくら経っても音を発することは無く「所詮は人形か」そう零した。

そしてまたボンヤリと星を数えようとしては辞めていた。


 小さく冷たい何かが彼の手に触れた。

見れば、キャロル・ダイヤモンドが触れていた。


「何か言いたいのか」


「いいえ、貴方が冷たそうだったから」


やっと口を開いたと思えば不思議なことを言う。だって

「君の方が冷たいじゃないか」


そうしたら、彼女は僕に身を擦り寄せて言った

「それじゃあ、私を暖めて」


まるでワガママな態度が癪に触った。その胸のくすぶりが何とも知らず。




 随分と暗い夜の中、散らかった部屋。

寝そべりながらその気を紛らわす様に俺は窓を見て星を数えようとしては辞めていた。


「もう寝ましょう。私、眠いわ」


キャロルがそう言う。


「うるさい、俺は眠くないんだ。眠れないんだ。一人で勝手に寝ればいい」


「嫌よ。私、凍えて死んでしまう」


「人形が何を言っているんだか」

そう言って、キャロルが既に身体を横にしている布団に入った。


そして俺は天井を見つめる。


「ねえ、眠らないの・・・」


「眠れないんだ」


「どうして・・・」


「・・・」


「ねえ、どうして・・・」


「幸せになれる魔法の言葉を探しているんだ」


「」


「見つかる訳もないけど」


「それ、明日じゃダメなの・・・」


「分からない」


「もう寝ましょう、今日が終わっちゃう」

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