祓い屋物語~水木亜夏土編~
田中ソラ
本編
二〇一七年七月。
彼は
霊媒師とは霊に精通している祓い屋のことを指し、“祓う”ではなく“清める”を主としている。異形が見えるが抵抗手段を持ちえない人への一時的結界が作れる札を渡したりもし異形に遭遇した際に逃げる方法などの講座なども定期的に開いていた。
亜夏土は霊媒師三傑、水木家当主の妾から生まれた子供だった。他の三傑当主の妾腹の祓い屋と比べれば亜夏土は良い待遇だった。札に込められる霊力の量が人より多く霊媒師として一流になるのも時間の問題だと言われていた。
そんな亜夏土だが霊媒師として成長するために東京祓い屋教育専門学校の霊媒師科に通っていた。科の同期はいないが別の科の同級生が数人いた。
どの同級生達の朗報や吉報を聞いて「自分も頑張らなければ」と自分の中で勝手に同級生達と切磋琢磨していた。だが学校で生活すればするほど同級生や先輩達に劣等感を抱いていた。
“霊媒師科以外はかつての黄金時代と引け目を取らない”“霊媒師科の水木は優秀ではなかったのか?”など、勝手に切磋琢磨したのに勝手に落ち込んでいた。
七月ではすでに同級生は黄金時代と変わらないほどの功績を挙げており自分だけ置いていかれている。その事実に心底へこんでしまったのだ。
そんな人達に囲まれ、亜夏土は入学前より成長どころか霊媒師としての活動が難しくなるほど精神的にも肉体的にも衰退してしまっていた。
悩みが膨らんで、膨らんで。誰にも相談できなくて苦悩して。心が痛んで、泣いて。幽霊との交流も少なくなっていく日々。
そんな過ぎ去る日々の一日。担任が急なる任務のためいない。代わりの授業ができる教師もないので一日授業がなくなった。そのため教材を持ち教室で自習している。
窓の外を覗くとグラウンドで授業を受けている同級生がいた。そんな同級生は担任や体術の先生により転がされており、このような場面を見ると同じような位置にいると思える。
けれどその後担任の手を地面に付けることができるほど体勢を崩させていたのを見るとまた新たな劣等感を抱いてしまう。
外を見るのをやめ、声も聞こえないように小さくオーケストラを携帯から流す。何故か勉強する気が起きず、ぼうっと教材を眺めていると教室の扉が開く音がした。
そこにはスーツを着こなしている見覚えのある教師が立っていた。
「水木」
「……倉橋、さん」
「お前何かに悩んでるんだって?
だが倉橋は教師として、人としてとても優れていた。それはこの学校にいるどの生徒にも共通の意識である。
だからこそ亜夏土は倉橋を信じ、何か助言してくれると重い全てを話した。
自分が今後霊媒師としてやっていけるか不安であること、自分が同世代よりも劣ってしまっていることに劣等感を抱いていること、強くなろうと努力していてもどうしようもならないことをぶちまけた。
すると倉橋は大笑いし始めた。人として優れていようとあの黄金世代を育てた教師だ。こんなちっぽけな悩みを抱えている生徒がおかしいのだろうか。亜夏土は相談しなければよかったとまだ悩みの半分しか打ち明けていないのにすでに後悔していた。
「水木。お前は優しいな」
「え? 優しい……ですか」
「一つ、特別に俺の教え子の話をしてやろう。そいつはかつては冠位でいう小智を持っててな。劣等なもの、という意味もある“滓”のを名付けられ家では居ない者扱い、酷い虐待を受けていたそうだ」
「その人ってもしかして……」
「まあいいから聞いとけ。そいつは霊力が一切なくて異形も見えなかった。だけど心に決めた目標を持っててな。それに向かって自信げに傲慢に、時にはずけずけと屍すらも超えていったさ。だけどそいつは正義感の塊のような奴だった。時には仲間を助け自らを滅ぼしそうになったり、自らを殺す行為になった。でもそれでも生きてる。な? こんな奴でさえもこの業界じゃ生きていける。お前もきっと大丈夫だ。この業界で霊媒師としてやっていける」
「傲慢に……」
「お? そこが気になったのか。いい着眼点だぞ~そいつはな、あろうことか陰陽師を見下してたんだよ。今考え直したらアイツやべぇな。ありえなくねぇか?」
「あ、あはは」
倉橋の教え子であるその人は祓い屋業界でも特別有名だったから亜夏土も幼少期からずっと知っていたけれどその裏でまさか祓い屋の中で一番の歴史と権力を持つ陰陽師を見下していたとは……亜夏土からすれば倉橋が言っていたようにありえないことだ。
だがその人の今を知っているからこそ、あの時の行動が良かったんだと知れる。
亜夏土は立ち上がり、倉橋に礼を言って教室を走って出て行く。
満足そうに笑っていた倉橋のいる教室の隣に話題が上がっていた人がいたとは知らずに……
「先生!」
「お、どないしたん? 水木」
翌日。任務を遂行し帰還した担任を見つけ、亜夏土は話しかけた。
昨日の倉橋の話を思い出し、亜夏土は改めてこう思っていた。
「稽古を付けてくれませんか? 霊媒師としての清める稽古ではなく祓う稽古を」
「急にどないしたん? まさか昨日ここに来とった倉橋先生の影響受けたとちゃうよな?」
「違います。これは僕自身の意思です。霊媒師として一歩、また一歩成長したいので。そのためにここに来たので」
「それならええけど。ほらついてきいや」
霊媒師科一年担任、
亜夏土は宮野の着いていき、グラウンドに出向く。そこには他の科の生徒が先輩に稽古を付けてもらっていた。霊媒師の亜夏土が何故ここにいるのか注目を浴びるけれどそんなことに気を取られている暇と余裕は亜夏土にはなかった。
まずは基本がなっているかどうか見るんでかかってこいとちょいちょいと手を自身の方へ曲げる。その行為は煽っているようにも見えるけれど亜夏土は冷静な頭脳と判断力を持っているので簡単にそれには乗らない。
残念そうに見える宮野に亜夏土は殴りかかる。するとすぐに拳は避けられそれよか流れるように亜夏土の腹を蹴られた。一連の行為は洗礼されており、舞のように綺麗にも見えた。
そこからばかすか顔や腹、背中を蹴られ亜夏土はついにギブアップしてしまった。頬が腫れ小さく擦り傷もできている。背中なんか骨が折れたかのように痛むし腹だって腹痛のときのように痛い。これじゃあ少しの間動くことができないだろう。受け身も碌にできていないので攻撃がもろ体に当たってたし。
「水木は全然ダメやなぁ。これじゃあいつものように裏方しとったほうがええんとちゃう?」
冷静な亜夏土でも流石にこの一言は頭にきた。
痛む体を抑え、立ち上がると満足そうに笑う宮野が見えた。まんまと乗せられてしまったようだ。それに気づいた亜夏土は大きく溜息をつく。だがその行為すらも痛いのでたまったもんじゃない。
こうなれば今まで隠してきた奥の手を見せないといけない。宮野の中じゃ亜夏土の評価は下がったまま。下がったままなのは小さな負けず嫌いである亜夏土は耐えられない。
数回拍手を打ち、手をぴったり合わせる。そして術を発動させた。
「
霊媒師が基本誰でも訓練すれば使える霊媒術により契約している異形を呼び出す。この霊媒術は口寄せにも近いような術だ。口寄せと違うのは召喚するそれがこの世に存在しているので自身の身に下ろさなくてもよいとことだ。
霊媒術を発動させた亜夏土に驚いている宮野を無視し、呼び出した蜻蛉に命令を下す。登録されていない異形を召喚してしまったせいで敷地内の結界が反応し警報音を出してしまっているが後で反省文を出せば問題ない。
今はこの戦いに集中し、全身全霊で戦いたい!
「水木は随分とやる気やないか。こっちもそれ相応の力を出さんとやられるなぁ!」
蜻蛉を使い、宮野に隙を作りその隙に亜夏土が攻撃を仕掛ける。だが亜夏土は体術が駄目駄目なので、そう上手くはいかなかった。宮野に拳が当たったのもほんの二回だけでその後は攻撃パターンを見分けられてしまいノックアウトしてしまった。
隠していた術を出しても勝てない。これが冠位小仁の一流祓い屋。経験度も格も違いすぎる。
地面に転がってしまっている亜夏土に手を伸ばし、宮野は心に刺さる一言を言い放った。
「水木はええ筋しとるで。このまま術を共に鍛ええや」
「ありがとう、ございました……」
「こんなんで自信なくさんどいてや? 水木が俺に負けるのは当たり前のことやからなぁ」
心に刺さりまくり、精神的なダメージも大きい一言。宮野はいつも一言多いのだ。
そして警報音と騒ぎを聞きつけここにやってきた補佐官に説教され、まさかの入学面接以来、会っていない学長にも注意されてしまった。先生や補佐官達に説教されるのは覚悟していたけれど学長にされるとは思っていなかったのでショックが大きいのと共にもう二度とやりたくない。
蜻蛉を登録してもらい教室で一人反省文を書いていると教室の中に何かが入ってくる気配がし顔をあげると見たことない男性が立っていた。けど気配からするに生きた人間ではない。幽霊だ。でも少し変な気配も感じるが気のせいだろう。
幽霊なら害はないのでそのままにしておくと近づいてくる気配を感じ、反省文に落とした顔を再び上げた。
「術をそこそこ使いこなせていたのう。よいよい」
「誰ですか。生前祓い屋だった幽霊?」
「そのようなものだ。かつては若い祓い屋を指導していてね。死んで幾年と経つが術のおかげでしに切れていないのだ」
「それはお気の毒に。良い霊媒師を紹介しましょうか? まあかつて指導しているのであれば知っていますか」
どこかで見覚えのあるような容姿としている老人の幽霊がいた。
術のせいで幽霊になっても成仏することができていないのは本当にお気の毒だ。だが
こればっかりは霊媒師であろうとどうにもできない案件だ。まだまだ未熟である亜夏土には本当に何もできない。
「……そなたに一つ、頼みごとをしても良いか?」
「聞けることなら」
「久々に清めてほしいのじゃ。少し体が穢れてきてのう」
「それなら、分かりました。では許可と準備をしてますので一緒に来てもらうことはできますか?」
「許可はすでに学長にしてもらっておるわい。ほら」
幽霊の後ろにはたしかに清めの許可を貰った証である梶の葉の刻印が押されていた。これがあれば清めをしても問題はない。
亜夏土は幽霊を連れ、準備をするために一旦寮へ戻る。部屋の中で白装束に着替え、壁に立てかけていた錫杖を手に持つ。
この錫杖に触れるのも久しぶりだ。そして清めも、幽霊と話すことも本当に久しぶり。
この穢れ祓い……清めで少しでも気持ちを取り戻せればいいと亜夏土は少し前向きな考えで部屋を出た。
錫杖と手ぬぐい持ち、幽霊に着いてきてもらい学校の敷地内の結界を出て、少し歩いた所にある美しい水が湧き出る泉のある場所へ行く。
泉のある場所に到着すると、泉に癒されていた幽霊や亡霊がいた。ばしゃばしゃと泉で遊んでいるところに水を指すようで申し訳ないけれど退いてもらわなければいけない。
「ごめんね。今から清めをするから少しの間だけ退いてくれるかな?」
するとすっと霊達が消えたのを確認し、亜夏土は泉の中に足を踏み入れる。
まだ昼間なので太陽が顔を出している時間。だが泉の水は温くならず、冷たいままだ。足が冷えて気持ちが良い。
そういえば清めをする幽霊の名前を聞いていなかった。清めには名が必要なので聞いておかないと。
「貴方のお名前はなんですか?」
「
「鳥孫さんですね。では清めを始めさせていただきます」
手ぬぐいを濡れない場所に置き、錫杖を手に持つ。
そして錫杖の先を地面に一突きすると泉に水面が発生する。懐に入れていた札を咥え言葉を唱える。
「我、水木亜夏土より霊、鳥孫の身を清め奉る。穢れを禊祓い給え」
ふっと札を共に息を吐くと咥えていた札が鳥孫に貼り付き黒い靄、穢れを吸っていく。だが鳥孫の穢れは亜夏土が想定していたよりも多く、札が全て吸ってくれるかどうか不安になっていた。
最近は多く吸えるほどの札を作れていなかったし、急なことだったので借りることもできなかった。準備だって疎かだ。
本来の清めであれば自身の身を霊を清める二時間ほど前に出水で清めてから清めを開始するのだ。今はそれができていないので亜夏土にも多少の穢れがついている。
それにより完璧な清めをできるかどうか、心配で胸が張り切れそうだった。
五分ほどすると札が穢れを全て吸い終わったのか音を立てて爆発した。
「どうですか? 穢れは残っていないですか?」
「……大丈夫じゃ。久々の清め気持ちよかったのう~」
「良かった」
亜夏土は一安心し、錫杖を地面に一突きし水面を消した。これで清めの終了だ。
後ろにある許可の梶の葉の刻印も消えたのを確認し、亜夏土は泉から上がり手ぬぐいで足の水を拭った。
すると清めが終わったことを察知したのか最初にいた幽霊や亡霊達が泉に戻ってくる。
「ではこれで清めを終了させていただきます。鳥孫さんも一緒に学校へ戻りますか?」
「そうしよう」
太陽が照りつけている山を鳥孫を共に上へ登る。
汗が出てきて、手ぬぐいでそれを拭いながら上っているとふいに鳥孫が話しかけてきた。
「そなたは何故霊媒師をやっているのだ?」
「……最初はそれしかできないから、それしかやる道がないから極めようと、自分が納得できるところまでやろうとやっているんです。でも、最近はどうして自分が霊媒師をやっているのか、何故この学校に入学したのかさえも分からなくなってきたんです」
「どうして?」
「撲は体術もろくにできないし同級生や周りがとても優秀で、今までそこそこ優秀だと思っていた自分が極端に劣っていて、自分に劣等感を感じるようになったんです。撲には霊媒師をやっている意味が、理由が。もう何も分からなくなったんです。霊媒師の本業は幽霊や亡霊を清めること。それは悪いことではないしとても名誉だということは分かっています。分かっているんですけど……」
立ち止まり、涙を流しながら孫鳥に向かい己の心の内を話す亜夏土。
すると孫鳥は少し溜息をつきながら話を始めた。
「ワシも生前祓い屋をしておったことは覚えておるか?」
「勿論」
「ワシはな陰陽師をしておった。陰陽師にも様々な種類の子がいてな。様々な子を育て、鍛えてきたこのワシでも分かる。そなたは最初から一級品じゃ」
「一級品……」
「その霊媒術も使いこなせさえすれば戦闘面で生きるし霊力だって豊富じゃ。だが今は努力しきれていないからそれがきちんと使いこなせていない。努力さえすればそなたは立派な霊媒師に、同級生にも劣らない祓い屋になれる」
「鳥孫さん……慰めてくださってありがとうございます。撲、できるだけ頑張ってみますね」
「その意気じゃ」
亜夏土は孫鳥と別れ、学校に向かい一直線に走った。その顔は活き活きとしており、今にも飛んでゆきそうなほどだった。
教室棟に行くために本拠地をと通っていると補佐官の人が「鳥孫さん、鳥孫さん!?」と先ほど亜夏土が清めた幽霊と同じ名前の人を探しているようだった。
だが人違い、幽霊違いだと思い亜夏土はその人をスルーした。
*************
「え。大規模な霊戦ですか?」
「そのようでなぁ。2004年に発生したもんとほとんどの形状が同じらしい。そんで京都御所の護衛に学生が派遣せれるちゅうわけや。どうや? 水木いけるか?」
「いけます。成長した僕の力を試すときがきました」
「ええ意気や。元々の護衛もおるけど派遣される護衛は水木一人やから功績出せるように頑張りいや」
「はい!」
十月下旬。少しずつ冷えだした頃、大規模な霊戦が京都と東京に同時に発生したらしい。その霊戦はかつての沖縄、北海道の霊戦と似ているようなものなので現地にいる祓い屋のほとんどは発生場所に派遣されることになった。
裏方、サポート向きの祓い屋は学校で待機か、それぞれの要人がいる場所に護衛として派遣されることになった。
亜夏土は京都御所で、そこには小徳の冠位を持つ大徳候補、
御所に到着すると中から異様な空気を感じた。京都中は悪霊や怨霊、時折物の怪の気配を感じるのにここは何か違う。
「ぐあぁああああ!」
異様な空気に違和感を感じていると大きな叫び声が聞こえてきた。
亜夏土はその声の発生もとへ向かい急ぐ。その道中、護衛や側仕えであろう人達が無惨に殺されていた。
声の発生元であろう穴が開けられた場所へ急ぐとそこには馬乗りにされ首を絞められている老人がいた。首を絞めているのは怨霊ではなく人間。それも先ほど殺されていた護衛や側仕えのような格好をしている。
亜夏土は急いで印を結び、霊媒術を発動させる。
「霊媒術発動。異形召喚、蜻蛉」
召喚した蜻蛉と連携し持っていた刀で馬乗りになっている人間を突き飛ばす。亜夏土の気配に気づいていなかったのか咄嗟に受け身を取っていたが壁に背中が激突したので少しの間は動けないはずだ。死ぬほど鍛えられたし、鍛えたので体術は多少なりとも上がっているはず。
だが壁に衝突したはずなのに男は平然を起き上がってきた。この人間はタフであり、攻撃されるのにとても慣れている。
「何者だ」
「さあ。何者だろうな」
はぐらかしているつもりだろうが、亜夏土にはすぐに分かった。こいつは
堕落者のことは堕ちた祓い屋といってもいい。道を間違え、悪に堕ちた者のことを指す言葉だ。前の大規模な霊戦も堕落者が一枚噛んでいたから今回も十分にありえる。
そしてここで大徳候補である芦屋伊槻を殺そうとしたあたりこのような人物に恨みを持つ者だろう。亜夏土にとって堕落者の相手をするのは初めてだから緊張感が走る。
殺すではなく捕えればいいんだ。それか増援を待つまでの時間稼ぎか。
そしてただ目の前の相手を拘束し情報を聞き出す。これが今の亜夏土に課せられた使命だ。
「行け、蜻蛉」
蜻蛉は堕落者に向かって飛び、攻撃している間に亜夏土は転がって荒く呼吸をしている伊槻を助けに行く。
「大丈夫ですか?」
「すまない……私のことは放って戦いに集中してくれ。私が式神で増援を呼んでおこう」
「ありがとうございます」
蜻蛉が壊された気配を感じた。堕落者はこちらに向かって歩いてくるのでこちらもこれ以上距離を詰めさせないために真っ直ぐ歩く。近接戦はまだ苦手だが、やるしかない。それしか道が残っていない。
ここでただの霊媒師が死ぬのと現役時代に活躍した力ある祓い屋であり大徳候補が死ぬのであれば圧倒的にただの霊媒師が死ぬほうがいい。
今後の祓い屋業界のことを考えるとそちらの生命が優先的だ。
誰が何を言おうとこの判断がきっと正しい。
「来いよ、クソ野郎!」
「口が悪いぞ、餓鬼が。この俺が躾直してやるよ!」
こうして、亜夏土の決死の戦いが幕を開いた。
戦っている間の亜夏土は今後のことや悩み、苦悩を忘れていたかのようにただ目の前にいる敵と交戦するだけで、頭がからっぽで透き通っていた。
*************
「水木!」
宮野が京都御所にいる芦屋伊槻の式神を通して増援要請を受け御所に到着すると中からは血なまぐさい臭いがした。嫌な予感と冷や汗が止まらない。
中に入ると壁が破壊されており、その破壊された壁の近くに芦屋伊槻が倒れていた。擦り傷はあるようだが意識を失っているだけで大きな怪我はないようだ。
重要なのはここに来るまでの間に事切れている護衛の代わりに戦っていたであろう亜夏土のことだ。更に奥へ進むとそこには霊戦に一枚噛んでいた堕落者の仲間であろう人間と刀を手に仰向けに転がっている亜夏土が相打ちであったかのように血を流し倒れていた。
状況を考え、決着がついたのはほんの少し前。亜夏土は小さく呼吸をしており、まだ生きている。宮野は己の式神を使い、急いで学校へ戻り保健室に運び込む。そこには忙しそうに動いている治癒術が得意な
彼女がいれば安心だろうが夏海と亜夏土は親戚なので術が効くまでが遅いがまだ生死を彷徨っているほどではないのできっと大丈夫だ。宮野は夏海に亜夏土を任せ、御所へ戻る。
そして堕落者を術で拘束し、意識を失っている伊槻を式神に乗せる。一緒に移動するのは癪だと思うが我慢してや。
それから数時間後、大規模な霊戦は祓い屋側の勝利で終わった。死者は何人か出たようだが規模を考えれば少なく、奮闘した方だ。宮野は一連の報告書を書き上げた。
そして怪我をし、今だ保健室にいる教え子のもとへ迎えたのは霊戦が発生して二日後のことだった。
保健室には亜夏土を診た水木夏海がおり、カルテを書いていたようだ。宮野のことに気づくと手を止め、一つのカーテンを開いた。
「水木の様子はどうや?」
「命に別状はないわ。ただ頭を強く打っているから意識が回復するかどうかは五分五分ね」
「ほうか」
いつもと変わらない顔で眠っている亜夏土。その様子ではすぐに目を覚ましそうだ。
こんな状態になった亜夏土が命を懸けて守った芦屋伊槻は大層亜夏土に感謝しており、亜夏土の治療代を全て出してくれると言ったのだ。流石大徳候補。器量がいいねえ~
「水木ええ加減目ぇ覚ましいやあ~水木が寝てる間に後輩が二人もできたでぇ」
亜夏土が眠ったまま半年が経過した。
霊媒師科には新しく生徒が二名入学し、活気を取り戻しつつあったがこの男の意識はいつまで経っても戻らない。宮野の直属の教え子は亜夏土だけだったので宮野は主な授業ができず暇で暇で仕方なかったがそれは単なるここへ来る言い訳。
どれだけ大雑把な男であろうと一番の教え子のことが心配なのだ。
ずっと保健室にはいられないので寮へ移動させ、亜夏土はそこで眠っている。宮野は寮に毎日のように通い、せっせと亜夏土の世話をしたり近況を報告するように声をかけていたのだ。
時々、倉橋だって亜夏土の様子を見に来る。少しだけだったとはいえ話をした仲だ。まさか要人の護衛で比較的安全な方だったはずの亜夏土がこんなことになるとは倉橋も想定していなかったらしい。それに可愛い生徒だからね。
窓を開けていると涼しげな風がカーテンを揺らし、桜の木が揺れている。
ぼうっとベットの脇に座っているとかすかに水木の気配が揺れた気がした。
「水木!」
ぴくっと少しだけ動いた手を宮野が見逃すことなく大きな声を上げた。
祓い屋物語~水木亜夏土編~ 田中ソラ @TanakaSora
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