夜のベランダと煙草

雨夜透

第1話

通算何度目か数えるのも馬鹿らしくなったため息をつく。

我ながら女々しいものだなと自嘲しつつも、止まることはない。


紅茶を淹れようと思い椅子から立って部屋を見渡す。

住んで4年になるワンルーム。一人暮らしのはずなのにが居た痕跡が至るところにある。

それはもう居ない恋人の忘れ物。

ペアのマグカップに、部屋着のパーカー。

彼女の定位置だったベッドにはお気に入りのクッション。

もう持ち主がここに帰ってくることはなく、空間にはぽっかり穴が空いたようなものだ。


消したい気持ちと、消したくない気持ち。

心はせめぎ合っている。

思えば彼女と別れたあと、随分と情けない姿を晒したものだ。

彼女の定位置だったベッドで眠れなくて、ずっと椅子を倒して眠り、

趣味だった料理も、うっかり2人分作る事が多く、食べきれないから作らなくなった。

携帯も鳴らなくなって、充電を忘れる。

電池切れにも気づかず友達が訪ねてきて怒られたりもした。


普段飲まない酒を飲み、恥ずかしくて本人には言えなかった思いを終わってしまってからぶちまける自分は滑稽だっただろう。

それを黙って頷きながら友達は聞いてくれていた。

一頻りぶちまけ終わった自分をまっすぐ見て、友達は言った。

「その半分でも、本人に言うべきだったな。そしたら少しは変わったんじゃねえの?」

分かってる。

もっと素直に伝えるべきだったとか、あの時こうするべきだったとか後悔は絶えないのだから。

でも、手遅れだったのだ。

今日もそんな未練と後悔に雁字搦めだなとまたため息をつく。


「そんなにため息ばっかだと幸せが逃げてくぞ?」

彼女がそう言ってたなと思い出し頭を振ってそれを追い出そうとする。

誰が居るでもなく、何をするでもなく、ただ居心地の悪さを感じて、ベランダに出る。


苦手だったはずの煙草を咥えて火を付ける。

2月の夜風は、まだ冷たいながらに春の前触れを連れてくる。

冬から春になるように、この未練や後悔もいつかは君との思い出に昇華できるだろうか。

そんな事を考えながら、紫煙を吐き出す。

夜風に混ざり紫煙は流れていく。世界に溶けて消えるように。

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