リヴィエラの覚悟
ライゼンとの会話をした夜から早くも3日が経とうとしていた。
奴が持ち掛けてきた誘いに対してはまだ答えが出ず、胸の内で蟠りとして残っていた。……いや。正確には答えは
嗚呼……なんとも情けない話だ。
我欲のために数々の城周辺に蔓延る魔物を駆逐し、我を討つ使命を背負った勇者を何人も何人も何人も――残らず殺してきた傍若無人の限りを尽くす魔王が、ただの気まぐれに生かした勇者1人をどうするかで世間体を気にするなどとは片腹痛い。
だが我をもってして迷いを生じさせるほど、この選択の先にある未来は重いものだろう。1度その選択をしてしまえばこれまでと同じ日々を送るのは難しくなるかもしれぬ。
ひょっとすると我は怖気づいているのだろうか。
何に対して? まさか魔王という地位が揺らぐなどとつまらぬ自己保身ではないだろうに。
そう我自身は考えてはいても因果的なことを考慮すればその可能性がないとも言い切れない。勇者が強い正義感と魔王討伐の使命を持つように、魔王もまた勇者に対する何らかの因果を内包しているかもしれぬ。
あるとすればそれは
魔王とは意思を持つ災害であり、唯我独尊の権化。そして勇者の宿敵。
他の魔王との抗争であれば塵ほどの躊躇など皆無。しかしそこに勇者が介入した時、
「今だ!」
「――――っ」
ハッとした時には鋭い呼気と共にクロムが振るう聖剣が凄まじい剣速で我の喉元へと迫っていた。
完全にクロムとの戦いであったことを失念していた。
一瞬の驚嘆。遅れて脳裏に取る行動が瞬時に浮かび上がる。無傷で回避することは不可能。防御に徹するか多少のダメージ覚悟で距離を取るか……。
と、何故か聖剣が目に見えて減速した。
その気を逃すことなく我は後方に大きく飛ぶ。追撃が来る様子はなく、深追いせずに仕切り直す考えかと怪しんだがどうやらそうではないらしい。クロムの奴め、戦意を失っておる。
「何故、今の一刀躊躇した?」
あえて自身に隙があったことを無視して問う。クロムは答えない。
「敵の隙は容赦なく、無慈悲なまでに突けと教えたはずじゃ」
「…………」
「お前の目的は
「わかってるよ……」
「ならば今一度問う。我を討つために振るうその聖剣、何を迷い鈍らせたのだ」
舞い降りる沈黙。
どちらもそれ以上話さないまま数秒の時間が過ぎる。その間も我とクロムは互いから視線が外れることはない。
我を一心に見つめるクロムの瞳は死んではいなかった。宿敵たる魔王を何が何でも倒すという意志が溢れている。
初めて我と敵対したその時から灯り続けられるその光は、一層に強まり勇者だからではなく、クロムという一個人を作る重要なるものへと昇華されているのだ。
しかしそれほどの覚悟を持ちながらもクロムは太刀筋を鈍らせた。それが我には理解できなかった。
一瞬だけクロムが戸惑うような表情を作り「リヴィ……」と我の愛称を口にすると、決心したように言った。
「迷っているのはリヴィの方だよね?」
弱気な声色だが確信を持った口調。たしかに今しがた少し上の空であったのは認める。しかし我が迷っていると申すか? そんなわけなかろう。仮に迷っていたとしてもその心の機微を
「そう思う理由は?」
「なんとなく……としか言えないけど、今日は何か違うような気がしたんだ」
「それとお前の剣が鈍ることとは無関係であろう。むしろ先の一撃を持って我の命を絶つのが勇者としての役目ではないか」
それは我にとって最も最悪な結末であるが、幻術の類に嵌められていたならまだしも油断していたのは我の落ち度。ライゼンの言う通り、若いうちから魔王と正面から戦える勇者を即殺さなかった自業自得だ。不服ではあるが何かの拍子に情けない死に方をするのも受け入れるくらいの覚悟は持っている。
が、その最悪の結末を我ではなく
「そうだけど、リヴィが弱いままだったオレを殺さなかったのに、オレが不意打ちでリヴィを倒すのは違う気がしたんだ」
不意打ちで魔王を倒した勇者って響き悪いしね……と苦笑交じりにクロムは続ける。
「――――――――ハッ」
なんとも馬鹿らしい。
そのようなどうでもよい些細な感情で生涯一度きりかもしれぬ我を討てた瞬間を棒に振るなど。笑わせる。
嗚呼……本当に馬鹿らしい。馬鹿らしすぎて笑ってしまうではないか。
「ハハハハハハハハハ――!」
そんな勇者見たことも聞いたこともない。
人の世に平和を齎すために、誰でもない民衆によって生み出された偶像。それが勇者だ。
使命は
聖剣を用いる者。魔道に愛された者。他者の力を借りた者。孤独を選んだ者――差異はあれど、自ら好機を捨てるような馬鹿はいなかった。
まして勇者の使命より個人の私情を優先する勇者など悠久の
「正真正銘の戯けだの……」
クロムの狂言を聞いていると
他者の言葉や常識概念など気にしない。
全ては自らの気の向くままに。
それは我が常から行っていた至極当然のことであったではないか。
いつから忘れていたのだろう……否。忘れていたのではない。その逆。知らぬ間に我は背負うモノの重さを覚えていたのだ。
家族、友人、種族、仲間――弱き者が強くなるための要因。その強さを認めながらも
魔王にあるまじきことであるが、我にとってクロムと過ごした戦いの日々は我の既成概念を揺るがすほど代えがたきだったモノであったと、今自覚した。
肩書などという下らない枠に収まらず、自分の想いを優先させる。それを弟子に、まして勇者に教えられるとは……。魔王と正面からの戦いを望む勇者に、勇者を護りたいと思ってしまった魔王。どちらが先に感化されてしまったのか、或いは元から似ていたのか。
そのようなことは今考える時でも、そもそも答えに興味はない。
言えることがあるとすれば、答えは得た。
改めて目の前を見れば、心配するようなクロムの顔があった。
「リヴィ……」
「そう辛気臭い顔をするでない。まったく勇者ともあろう男が情けない」
「な!? うわっ……やめろ!」
「ハハハハ! 遠慮はいらぬ」
「遠慮なんかしてない!」
弟子のそんな顔が好かんから心配するなというように、我のより幾分か高い位置にある頭を掴み乱雑に掻いてやる。クロムは本気で嫌がっているように払おうとするが、戦意はなく聖剣も納めた状態では我の手を振り解くことはできまい。
程々なところで手を引いてやるとムスッとした膨れっ面が我を睨んでくる。そんな弟子に我は笑いを返す。
「クロムよ、我はちと野暮用ができたのでな。2日後はここに来るでない」
「それは別にいいけど……野暮用って?」
「野暮用は野暮用に決まっておろう。魔王はただ根城にて勇者が訪れるだけの存在ではないのだ」
さらに食い下がろうとクロムは口を開くが、その口が言の葉を紡ぐことはなく、最終的には首肯で済まされた。
こ奴は聡い。だから他者との適切な距離というものを自然と理解しているのだ。我が少しでも話しにくそうな素振りを見せれば、即座に良い止まる。そんな姿を見るのも今では胸に好かん感情が浮かんでくる。
「なに、お前が人間どもから受けた依頼で遠出する時間に比べれば、我はたかが1日だ。3日後からはまた死ぬほど鍛えてやるから、お前も全力で我を討ちに来るが良い」
我の言葉にクロムはもう1度深く首肯した。
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