勇者の真価


「勇者にまつわる伝承について……でしょうか」

「うむ」


 我の言葉をオウム返ししたルベルに深く頷き、紅茶で満たされたカップを口元に運ぶ。

 場所はクロムが生まれ育った村の教会に住み込みで仕える見習い修道女たちが寝食する寮。その客間。

 陽が昇りきってしばらく経つ昼過ぎのこの時間、見習い修道女たちは皆出払っているので我が訪れのに都合が良い。

 案の定、教会にいたのは寮の管理を任されているルベルのみ。少し問いたいことがあると言うと、ルベルは場所を客間に移し今に至る。


「我が鍛え始めてからクロムは戦士としてそれなりに強くはなった。だがそれは戦士としての強いというだけであり、勇者としてはまだ未熟である」

「あのー……戦士としての強さと勇者としての強さの違いって……」

「光る」

「ひ、光る……ですか?」

「ああ、光るのだ」


 念を押すように2回断言する。真の勇者は光るのだ。


「それって何か比喩的な意味でしょうか」

「否。物理的に視認できるほど発光する」

「はぁ……」


 なおもイマイチ納得した様子を見せぬルベル。なんとか意味を理解しようと頭を捻っているようだが、土台ヒトは光らないという固定概念が邪魔しているようだの。

 我とていきなり光るだの言われては訝しむであろうが。


「我自身勇者ではない故正確なカラクリは知らぬが、おそらく勇者の武具が関係しているのであろう」

「武具と言いますと、教会が今世の勇者……クロムくんに授けた勇者にしか装備することのできない防具と剣ですよね」

「左様。あの翡翠色の防具などの伝承、神や精霊に仕える修道女なら知ってるであろう」

「もちろんです。――剣を携え鎧を身に着けし者。真の勇者となった時、無限の輝きを放ちかの者の力となる。宝剣は万物を切り伏せ、翡翠の鎧は邪なる力を寄せつけない――。勇者の武具に関する伝承の一節です。ですがコレはあくまで伝承であって……」

「ではお前たちが毎日必死になって覚えたその伝承が虚飾、まやかしだと?」

「それは……」


 と、痛いところを突かれてルベルが言い淀んでしまった。ちとからかい過ぎたか。


「良い。どう思うが伝承は伝承に過ぎん。神を崇拝はすれど全てを盲目的に信じる必要もあるまい。だが時に不可思議な話が嘘偽りのない真実であることもある」

「……はい」

「それに勇者の武具を保管していたということは、確証を得るだけの十分な何かがあったのだろう」


 やや強引ではあるがルベルを丸めこんだところで、我は話を進めていく。

 現在クロムの手に渡っている武具は歴代の勇者から連綿と継承された、由緒ある紛れもない本物である。

 勇者の武具の伝承の1つに『勇者以外の者は身に着けることはできぬ』というものがあり、これは我の推測だが勇者の武具には精霊の類が宿っているのだろう。それにより勇者以外の者が身に着けるのを武具が拒む。

 これにより勇者の武具を装備できたクロムは勇者であることは証明される。

 ならばその逆はどうだろうか?

 勇者であるクロムが装備できたからといってあの剣や盾、鎧が勇者のみが身に着けられるものとは限らん。しかしこの村の教会はアレらが本物であることを見抜いていた節があった。

 

「もとは教会の本堂の壁に剣や盾を掛けていたのだろう」

「……さすがクロムくんの師を務めるお方。よく見てらっしゃいますね」

「たまたま視界に入っただけのことよ」


 勿論嘘である。そのようなこと初めてこの村を訪れた時に気づいていた。

 あの時はクロムの行方を優先したあまり無視したが、よくよく考えれば思い当たる節もある。


「あの武具はどうやってこの村に運ばれたのだ?」

「えー……っと……少しお待ちくださいね。たしか共同書斎に記録が残っているはずでしたので」

「わかった」

「失礼します」


 席を立ち、部屋から出ていくルベルの背中を見つめながら幾分か冷めた菓子を適当に摘まんで待つ。


「中々に美味いの」


 我ら魔族にはそもそも料理という文化自体が乏しい。人間の集団を掻っ攫って飯を作らせる者らもいるが、自ら作ろうなどと考えるような稀有な者はいまい。

 いっそのことルベルを攫ってしまうのかも良いかもしれぬ。

 などと考えている間に

 自身の背丈を優に超す蔵書の山を抱えたルベルが戻ってきた。


「お待たせしました。っ……よいしょ」


 相当重かったようで蔵書をテーブルに移したルベルの額に小さな汗の珠ができていた。


「これは?」

「歴代の勇者さまたちにまつわる伝承と、先代の……クロムくんの一世代前の勇者さまと行動を共にした方が生前書き記した資料です」


 やはりか。予想が的中ことに自然と頬が釣りあがる。

 我の脳裏に数十年前の記憶が過ぎる。

 先代の勇者もまたクロムと同じく正義感が強く他者から慕われているようであった。クロムと似通っているところと同じくらい異なる点も多々あるが、大きなもので言えば仲間の有無である。

 目の前のルベルは少なくとも想っているようだが、今のところクロムには仲間は疎か親しい者がおらぬ。対して先代の勇者には仲間……旅を共にする戦友がいた。

 たしか5人でのパーティだった。我に挑んできた際も仲間の安全を第1に、歴代の勇者の中でもかなり我の相手が務まった連中であったの。

 しかしその勇者は選択を見誤った。

 パーティの後方支援を担っていた女の賢者。そ奴は我に匹敵する魔法の才を有していてな、仲間の身体能力強化に我の能力低下に上位攻撃魔法と、相手にして実に煩わしい奴であった。我相手に互角以上の戦えたのも勇者とその賢者が突出して秀でていたからであろう。

 だから賢者が我の攻撃魔法の標的になった時、勇者は攻撃の機を捨ててまで賢者を庇った。……あの時、全力の一撃を放っていれば賢者の命を引き換えに我を殺せたというのに。


「先代の勇者さまとお仲間の戦士さま方に未来を託された賢者さまは、この村で療養することを決めそのまま天命を全うするまでの間、多くの情報を私たちに残して下さったそうです」


 嘘である。

 勇者ら我に殺された者はその賢者に何も託しておらぬ。正確には託す暇なく我が葬った。

 その賢者は残ったのではなく、残ってしまったのだ。

 我は戦う意志ある者にはどれほど弱かろうと敬意を表すが、戦意を失った奴などには興味すらない。真っ先に勇者が死んだ瞬間、我を煩わせ続けた賢者の戦意が消え失せた。故に殺す価値すらない屑となった賢者は生かされた。

 あの時、持たせた勇者の武具一式ごとこの村に持ち込んでいたようだ。


「『――あの魔王は狂っている。富も名誉も奴隷も欲さない。ただ戦いに飢え、血に飢え、死に飢えている。次代の勇者よ……どうかアタシたちの仇を取ってください』、という言葉が乱れた筆跡で必ず蔵書の巻末に綴られています。魔王とは……クロムくんが相手にしなければならない存在とは、かくも恐ろしいモノなのでしょうか?」

「さぁの、わ……魔王を恐れるか否かは奴次第じゃからな」

「リヴィさんは魔王が恐ろしくないのですか?」


 そんな質問をされた。

 我が魔王を恐ろしいと思っているか? 笑わせるでない。


「魔王を恐れる様では務まるはずがなかろう」


 各地の魔王にも人間の国と同じく勢力関係というものがある。敵対する者、共謀する者、睨み合う者……関係性は様々だが、少なくとも親しい間柄のものはいまい。隙あらば互いの領土を富を、尊厳を奪おうと画策しておるのだ。恐れるなどという感情を抱くわけがない。

 そう至極当然の返答を返す。

 

「…………」

「……ん。なんじゃ? 問うてきたのもお前じゃろう」


 黙りこくったルベルに視線を投げるが、ルベルは何も発さず俯いている。と、思ったらガバッと頭を上げ両手の握りこぶしを前に我に迫った。


「さすがですリヴィさん!」

「はぁ?」

「そうですよね! 勇者に戦いの手ほどきをするような方が魔王に屈するわけにはいきませんよね!」

「ま、まぁ……そうじゃのぉ」


 こ奴の勘違いを正したいという衝動に駆られたが、「ではどういう意味で?」と改めて説明すると色々不味い。とりあえずこの話は早急に切り上げるべきじゃろう。

 残り少しだけ余ったカップの紅茶を呷り、何度か咳払いする。


「それでどうなのじゃ? 生き残りの賢者が綴ったモノから何かわかるかの」

「はい。たぶんリヴィさんのご期待に応えられるかと思います。勇者さま方は魔王城への道すがら、各地で勇者や魔王の伝承を集めていたようで、過去の勇者さまについても多く記されています」

「ほぉ、それは興味深い」

「様々な勇者さまさまがいらしたようですね。先代のようにパーティを組む方もいれば孤高を貫く方……あ、女性の勇者さまもいらしたのですね!」

「あぁ……いたの」


 ルベルが勇者の名と風貌を語るたびに度重なる死闘が思い起こされる。

 剣や槍の得物に長けた勇者に、武術や魔術に秀でた者。クロムのように弱くとも決して逃げたなかった者。

 しばらくの間ルベルの言葉に耳を傾け感傷に浸っていると、ルベルが特段荒げた言葉を上げた。


「あ! もしかしてこれかもしれません」

「見つかったのか?」

「おそらくですけど……ここに、『勇者の特質』と。ほらっ―」


 示されたところに目を通すとたしかに我の求めていたモノがそこに記されている。

 

 ――――勇者は己が意志の強さに共鳴して強くなる。


 そんな漠然とした言葉で書き始められた見出し。

 内容は先代の勇者が我の探す、勇者の覚醒を初めて体験した時からの日記と共に、こ奴らが歴代の勇者について調べた結果と照らし合わせた見解だ。

 読み進めると先刻我が話した通り身体が光りだす。運動能力や魔力の向上などが上げられている。 


「『私たちの勇者は目の前の厄災を野放しにしてはならないと本能が叫んだ時、身体に異変が起きたと言っていた』……差異はあれど人間も含め魔力を扱う者は感情の昂ぶりに魔力が呼応する。勇者はこの感情と魔力の相関性が高いのか」

「でも旅の終盤では自分の意思でできらしたようですけど、そんなに自分の心なんて自由にできるでしょうか? まして本能が叫ぶとまで表現しているほどの心を」

「おそらく扱えるようになったのは感情ではなく、身体の変化のコツであろう。しかし……」

「何か気になることでも?」

「少しの……」


 感情の昂ぶり。本能の叫び。抑えきれない衝動。それらはたしかに己が身体の力を呼び起こす力の起爆剤になりうる。

 だが本当にそれだけなのだろうか?

 何者かに勝ちたい。何かが欲しい。死にたくない――。

 理性という枷から解き放たれた身体が生み出す力は凄まじいが、それは後先のことを考えないからこそ可能となる自暴自棄故の強さ。

 我がこれまでの勇者との戦いで感じた強さは異なるのだ。

 何よりただの感情が昂ぶるのが覚醒の要因であるならばクロムが覚醒できぬわけがなかろう。

 既に5年。奴は我を討つために毎日我に戦いを挑んできているのだぞ。殺しこそしないまでも、日々宿敵たる我にボロボロになるまで滅多打ちにされ無様な姿を晒してきたクロムがどれほど勝利を渇望しているだろうか。勝利への執念に関しては歴代の勇者を凌駕するであろう。

 まさしく本能が叫ばんばかりに。

 それほどの感情でも覚醒には至らぬというのか……。

 

「あ、もうこんな時間」


 沈黙を破ったのは、そんなルベルの慌てた声だった。

 気づかぬ間に思考に夢中になっていたようだ。

 顔を上げると立ち上がったルベルがテキパキと空になったカップと皿をトレイに乗せて持って行く。


「もしよければ、この文献お貸ししましょうか?」

「いや構わぬ」


 嬉しい進言であったがここは引き下がる。

 恐らく目の前にある蔵書は教会内でも最重要品の類。なるだけ教会を統括するシスターに興味を持たれては我の行動に無駄な制限が付くかもしれん。


「十分役に立った。この辺りで今日はいとましようかの」

「そうですか……また何かあれば来てくださいね。クロムくんの話も聞きたいですし」

「あぁ、わかった」


 短い会話を済ませ寮を出る。来るときは真上にあった陽は傾き茜色になっていた。

 これから城へはそう飛んで行けばそう時間はかからんが、ここは人間の住む村。下手に人目に付くのも面倒なので人気ひとけの少ない路地辺りまで歩く必要がある。


「……条件を満たす感情に種類があるのか」


 なんとなく思いついたことを口にしてみる。

 勇者の武具に精霊の類が関与している可能性がある以上ないわけではない。

 アレらは自らの好みによって時に恵みを、時に災いを齎す。ある意味感情や想いを慮る人間以上に無駄を楽しみ、無意味を面白がる連中だ。

 弱かろうと気まぐれに力を貸し、強くとも静観を決め込むことだってあるだろう。

 

「あうっ……!」

 

 と、腹の辺りに何かが当たったような小さな衝撃が走った。

 視線を落とせば幼い人間の女子おなごが涙を浮かべながら我にぶつかったと思しき顔を手で拭っている。

 そ奴以外にも何人か女子がいた。全員黒を基調とした装いと、我とは反対方向へと向かっている様子からこ奴らがシスター見習いであることは容易に察せた。

 

「すみませんでした。私たちついよそ見をしてしまって」

「いや構わぬ」


 涙を堪える女子に代わって一番背の高いシスター見習いが頭を下げた。

 当たり障りない返事を返し早々に歩き出そうとしたその時だった。


「「――――っ!?」」

 

 目の前のシスター見習いらがほぼ全員胸を押さえ、その場に屈し始めた。

 その光景を前に今さらながら思い出した。

 魔王と勇者と同じく、魔王と教会というのは対となる存在である。

 例え押さえていようと我から溢れる魔力や威圧を前にすれば、たかが村のシスター風情が同じ目線でいられるはずがない。本来なら即座に意識を失っていて当然であり、苦しむ程度で済んでいるのが奇跡なくらいだ。

 こ奴らの苦しみの元凶たる我にできることはない。むしろ早く離れてやることが最大限のできることだ。


「修練の疲れが祟ったのだろうの。教会はすぐそこじゃ。早く帰って休むと良い」

「は、はい……」


 それだけ言って我はシスター見習いらを尻目に歩き出した。

 少し歩いたところで、なんとなくもう一度背後に遠ざかる小さき影をて見る。


「…………ふむ」


 不意に妙な違和感を感じたが結局その正体が何なのか分かることなく、特段気にも留めなかった我は、適当な路地で隠していた翼を広げて城へと戻っていった。

 

 

 

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