今日も今日とて戦い



「ゼアアアアアァァァ!」

 

 猛々しい気合共に白銀に輝く剣が我を頭から両断せんと言わんばかりに振り下ろされる。その速度は恐ろしいまでに速い。なおかつ纏っている得物に引けを取らないレベルまで研ぎ澄まされた魔力が純粋な膂力以上の威力を剣に与えている。

 並みの戦士程度では防ぐことはおろか回避することも難しい、必滅の一刀と呼んでも過言ではない一太刀。我とてコレを無防備に受けては腕の1本や2本は斬り飛ばされかねん。

 そこまで考えてから魔力を全身に回し運動能力向上させる。


「フ――――」

「まだだ!」


 予備動作なしで後方に飛んで剣の間合いから逃れる。一瞬前まで我の頭があった空を刀が斬り、風圧が顔を叩いた。

 だが目の前の剣士の攻撃はそれだけでは止まらなかった。

 最も剣速の出た一撃を躱されたことへの動揺などなく、さらに一歩踏む込んで切り返しを繰り出してきたのだ。

 それを我は魔力を集約させた手で眼下から迫りくる白刃の腹に触れ、軌道をずらして往なす。それでも剣士の攻撃は止まず、むしろ我が凌ぐ度に繰り出される剣技は鋭さを増して我を後退させていく。

 

「セイッ! ヤア!」

「小賢しい」

「うおおおおおおおお!!」


 十数度目の攻防を経ても変わらぬ戦況に苛立ちが募り始める。奴の攻撃はたしかに受ければ我にダメージを与えうる力を持つ、人間にしては恐ろしい力だ。だからと言って攻撃が当たるかと言えば異なり、余裕をもって防げている。

 が、そもそも魔王がたかが人間に防戦一方というのは我ながら不甲斐なく、何より面白くない。

 反撃に出るべく攻撃を往なしながら大きく退き、左手に魔力を収縮させ言の葉を紡ぐ。


「アスペラ・シャール・グラビ――」


 繰り出すのは重力魔法に属する、捻じれ歪んだ重力波を凝縮した魔法弾。次の奴の攻撃に合わせてぶつけ、得物を叩き折ってくれる。

 あと1秒、いや半刻で魔法が完成する刹那。


「させるかああああ!!」

「なっ!?」


 剣では届かない距離、近づけば魔法の餌食となるのは必至の間合いを目の前の戦士はさらに一歩踏み出し渾身の突きを放った。狙いは我……ではなく、顕現し始めている魔法弾。

 掌に収まるほどの大きさである半透明の魔法の核を貫き阻止される。それだけにとどまらず、戦士は突いた剣を退かずに剣の腹と床を水平に捻った。その動作から連なる動きは容易に予測できた。


「終わりだ!」


 ――水平斬り。

 鋭い呼気と共に繰り出される横凪ぎの一撃が我の横腹へと迫る。

 しかし我の意識には既にそのような見え透いた攻撃などなかった。

 何故ならほんの一瞬。重力魔法が砕かれた瞬間に戦士は小さな笑みを見せたのだ。空元気から来るものでも威嚇でもない、自身の勝利を確信した時に見られる慢心した愚か者の表情で。それは決定打となる攻撃を放つと予告しているのと同義。

 自らが有利な状況であると確信し悦に浸っている瞬間こそ最大の隙である。

 故に我は魔法が砕かれた時点で動いていた。

 身体を大きく捻り片足を上げる。狙うは顔面。遠心力を加えた回し蹴りは狙いたがわず目の前の戦士――クロムへと直撃した。


「終わったのは、お前の方じゃったの」

「――――っ」


 悲鳴すら上げる暇なく意識を刈り取られたクロムに言ってやる。もっとも、聞こえているかは怪しいが。

 部屋の中央から一気に隅の柱まで飛んで行ったクロムの身体は、ピクピクと痙攣している。どうやら死んではいないようだ。


「今日はここまでか」

 

 視線をクロムから外し、城の外にやると陽がもう沈み始めていた。

 我としては四六時中……いっそのことこの城に居座って鍛錬もとい、死闘をやってやても良いのだが、歯痒いことにこ奴は人間。我ら魔族のように大気中のマナさえ吸収していれば飢えを凌げるわけでもなく、装備や衣服も手入れが必要になって来る。

 人間とはどの点を取っても他種族に劣る非力な種なのだ。

 だからこそ稀に現れる魔王に匹敵するほどの力を持つ人間は面白いのだがの。


「ほれクロム。いつまで地を舐めているつもりであるか。起きよ」

「いってええええ――! ちょっとは加減してくれよリヴィ!」

「戯け! 我らはじゃれ合っているのではない。鍛錬である以上命を懸けて臨め!」

「オレが命懸けてる戦いを鍛錬呼ばわりするな!」

「なら尚敵に情けなど掛けてもらおうとするでない! まったく――」


 頭が痛くなってきた。

 もう一度視線をクロムに戻し嘆息。最近口癖になりつつあると自覚しているも、ついつい同じ文句を口にしてしまう。


「図体ばかりデカくなりおって」


 程よく付いた四肢の筋肉にいつの間にか我を超えてしまった身長。可愛げのあった丸み帯びた輪郭は幾分か鋭敏さを持ち始め、眼口鼻も整い成熟した人間の男としての肉体が完成している。昔はスカスカだった鎧は正にクロムの為だけに仕立てられたかのように合っていた。

 クロムがいつか亜人どもに滅多打ちにされてから経つこと5年。人間の言葉で男子三日合わざれば刮目して見よ、などというものがあるが……中々どうして侮れんものよ。


「なんだよその言い方。なんかオレがまだ子どもみたいにさ」

「我からすればいつまで経ってもヒヨッコ同然じゃ。それとやはりその一人称、無理してるようで癇に障るから止めろ」

「はぁ!? む、無理なんてしてないし! これがオレの素だし!」


 初めは「ボク、ボク」うるさかったではないか。肉体の成熟に対して精神面での成長がまるで見られん。むしろ無駄に知識や羞恥心を覚えた分生意気にすらなっておる。

 クロムとの修行で我が感じたものの1つに面倒臭いという感情がある。

 我ら魔族は力が絶対の掟である故に親が子へと教えることなど無い。なにせ過酷な環境で生きるために魔族は誕生した瞬間から力を求められる。マナの薄い地に適応できなければ死。食料にありつけなければ死。他者に負ければ死。付き纏う無数の死の波を生存本能という力で生き抜けた者が真の魔族になる。人間ではこうはいかぬ。

 加えて魔族は成熟したところで幼少期の頃と営みは変わらん。魔王に仕える一部の者を除き、自らの気の赴くままに寝て喰らい、暴れ、犯し、時に群れを作る程度。問題が起ころうと戦いで白黒つければ良いだけ。

 それに比べて人間は実に複雑で意味もない知識を必死に詰め込み、羞恥心やら恋慕などというつまらん感情に一喜一憂する。その様は見る分には飽きぬがいざ我が指南する立場になると面倒極まりない。 

 

「けどさっきのは上手くいったと思ったんだけどな」

「我の魔法をったことは称賛してやるが、それでつまらぬ慢心に浸っては元も子もなかろう」

「だって嬉しかったんだし……」

「たかが攻撃1つを看破しただけでその浮かれようでは、いつ我を討てるのかもわからんのぉ」

「――――倒すよ、絶対」


 真摯な眼差しで紡がれた宣言に思わず口角が上がる。

 かつて我がほんの僅かにだけ危惧していたことは杞憂で済みそうだ。

 人間は弱い故に群れ、多感であり生が短い。だからこその短い生涯の中で同じ時間を共にする者に対して何らかの感情を抱くことがある。それは愛情や友情、時に憎悪と呼ばれる類のものもあるが、仮にクロムが我に感情を持つとするなら信頼というものが妥当であろう。

 信頼……仲間意識が芽生えてしまえばクロムが我に向ける剣が、殺気が、覚悟が鈍くなる可能性はあった。一刻の刹那的な情で戦闘の優劣が逆転することなどよくあること。それは先の鍛錬であったクロムの慢心が恰好の例である。

 しかし奇妙なことにクロムの剣は、技は――一切鈍っていない。

 師どころか親も同然と言っても過言ではない我に、クロムが放つ攻撃は全て揺るぎない覚悟が乗り、常に我を討とうという気概が消え入ることがない。こ奴には血も涙もないのかと疑いたくなるほど割り切っていた。

 いや、これでは我が少しは敬えと逆に妙な情を持っているようではないか。

 それにクロムにも確かな自己と情がある。ただこれはクロムという人間が先天的に持つ欠陥のようなものがこ奴を、そうたらしめているのだろう。

 魔王とはソレが存在するというだけで人間の世を脅かす。だから討つ。

 たったそれだけの理由。件の魔王が肉親であろうと師であろうと、他者の為にクロムは戦う。自己犠牲など生ぬるい。クロムにとって自身は犠牲でもなくば、自らの行動に対して己というものが入ることもない。

 まるでドワーフが仕立てる最高位の自我を持ったゴーレムような人間だ。

 まぁそれがどうした? というだけだがの。


「やってみせよ。むしろ我が手塩にかけて鍛えてやっているのだ。精々楽しませてもらわねば承知せん」

「すぐに参りましたって言わせてやるから。……あ、そうだリヴィ」

「なんじゃ?」


 格好つけて大口を叩いたと思ったら、直ぐに年相応の子どものような顔でクロムが手を打った。格好つけるなら最後までせんと締まらないというのに……。


「オレ来週からまた依頼で何日か開けるからな」

「ふむ、覚えておこう」


 と、いつものようにクロムが今後の予定を語りだした。

 勇者が魔王に予定を告げるのもどうかと思うが、以前村からの依頼を受けて魔物狩りに出かけたクロムをこっそり上空から観察していたのを見つかって以来、毎回クロムの村に訪れてはルベルに行き先を尋ねていることもバレてしまい、それなら始めから告げていくとクロムが言い出したのだ。

 だからとクロムの村に出向くのは止めんがの。暇じゃし。


「最近はよく駆り出されとるが、勇者とは実に安上りな身分のようだの」

「そんなことはないよ。成果の分だけ報酬はしっかり貰ってるし、それにオレがみんなの役に立てるくらい力をつけてきたって証拠なんだから」

「ものは言いようか……それより」

 

 本人は考えないまいように……いや、いっそのこと否定しているようじゃが、クロムを頼る者は少なからず政治的な理由でクロムを指名しているじゃろう。

 今やクロムの実力は並みの戦士を軽く上回る。その上、勇者という身分。クロムが生来持つ底抜けの善性を考えれば、これほど懐柔しやすく手駒にして強い存在は中々おらぬ。

 勇者の軍事利用くらいのことは考えている国もあるじゃろう。まったく……弱い故に群れを成し強者を屠る力を持っておきながら、人間同士での争いすら絶えぬとは愚かしいことこの上ない。

 まぁクロムの判断基準にこ奴自身の感情が入らない以上、女や金などでの懐柔は不可能だが。

 元よりそんなことは気にもかけておらん。我の次の言葉を連想したクロムはバツが悪そうに口を噤んだ。


「いい加減、勇者の力に目覚めてほしいものだの」

「……」


 クロムは応えない。返す言葉を持っていないのだ。


「真の勇者としての資格を持った時、宝剣は無限の輝きを放ち、鎧は勇者に神の加護を与えん――――だったか」


 そんないつ耳にしたかも忘れた伝承の一節を口ずさんでみる。

 なんてことのない、古くから各地に伝えられている勇者のの伝説。


「かつて我に挑み命を散らした勇者の多くはこの伝承を体現しておったぞ」

「うん……」

「仮にこの現象を〈覚醒〉とでも呼ぶとして、お前は覚醒について何も知らぬのか? 何度か起こしたこともあるのだろう」

「あるけど。どうやったのか、わからないんだ」


 我はこの眼で見たことないが、今までにクロムも何度か覚醒した状態になったことがあるらしい。

 その時の状況から覚醒に必要な条件を推察できぬものと話し込んだこともあったが、いかんせんか状況に一貫性がない。

 ある時は敵によって瀕死に追い込まれたとき、またある時は戦闘が始まってすぐということもあったとか。どうやら死の淵に立った勇者に精霊の類が魔力を貸し与える、いわゆる勇者補正のような簡単な話ではないようだ。仮にそうであれば毎日のようにクロムを半殺しにしている我が見たことがないはずがない。


「でも……たぶん、まだオレが弱いからだと――」

「それはないの」


 クロムの言葉を我は即座に否定した。


「つけあがるかと思い、あまり言わぬようにしていたが……お前は十分強い。強くなった。その力は既にかつての勇者らに匹敵するほどにの」

「……リヴィ」

「故に我は疑問に思うのだ。何故勇者として申し分のない力を持ったお前が、勇者として覚醒しておらぬのか」


 覚醒した勇者らは身体能力や感覚が向上するだけに止まらず、この我をもってしても威圧感を覚えるほどに様変わりする。

 形容し難いが、覚醒した勇者を前にした時。どれだけ格下の強さであろうと油断してはならぬという警鐘が身を震わせるような感覚に襲われるのだ。

 

「なら前の……今までの勇者にあって、オレにはない何かがあるってことだよな……」


 ぽつりと、不甲斐なさを孕ませた声色でクロムが独りごちた。

 繰り返すがクロムは十二分に強い。歴代の勇者に引けを取らぬほど。

 5年とい歳月を費やし、鍛えられる限りのことは全て行った。

 残すはクロムが自らの力で覚醒への道を切り拓くのみ。

 クロムが覚醒へと至ったその時こそ、この師弟という関係に終止符が打たれ宿敵としての死闘が始まる瞬間なのであろう。

 

 

 

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