クロムの故郷
今日も今日とて我が城にてクロムと我の戦いが繰り広げられる。
最近はよりいっそう精が出るクロムと対峙する度に、こ奴が着実に力をつけていることを感じさせられる。
それでも課題はまだ少なくない。幾ばかの基礎が身についたと言えど、技術や身体面には問題がある。一刻も早い本気の死闘を待ち望む我としては不満が募るが、これもいずれ訪れる戦いに想いを馳せば苦にならなぬ。
「くっ、は! こん……の!」
「身軽になったからと言って速く剣を振れば良いという訳ではならぬ」
現在、我に連撃をしかけるクロムの姿は普段は若干異なる。
端的に言えば防具を着けていない。
布で作られた服に同質のズボン。特別な加護も曰くもないそれは、ただの人の衣服である。加えて盾も持っておらず、今のクロムを勇者と証明できるものは振るっている聖剣のみ。
これは鍛錬の1つで、要約すると今のクロムでは重量感ある防具をつけて戦うのはまず不可能である。身体の大きさ的にもブカブカだしの。
ロクに役に立たぬ防具を着け、妙な枷をかけていては鍛錬にはならぬ。そのようなことは当人にある程度の実力が伴っていてこそ意味があるものだ。
まずは防具の重さ、四肢の可動域などを意識せず純粋に剣の扱いを磨くのが先決という判断だ。
だというのにこ奴は……闇雲に剣を振りおって。
「何度言えばわかる!」
そろそろ潮時か、と左手を振り上げる。
我とクロムの
クロムの呼吸は乱れ、肩も大きく上下している。聖剣を握る手にも力が入り辛くなってきている頃合いだ。
例え鍛錬であろうと魔王と勇者の戦いである以上、容赦はせぬ。クロムの意識を刈り取るべく掲げた腕を手刀にして振り下ろす。
ガキン!
「ほぉ」
「へへっ……」
金属同士がぶつかり合う甲高い音が木霊する。
視線の先には横に構えた聖剣の腹で我の手刀を防いだクロムの、してやったりと言うような自慢気な顔。それに応えるように我も嗤ってやる。
「今の一撃を凌ぐか」
「そう毎日毎日一撃で沈めらるわけには――――かはっ!?」
最後まで言い切る前にクロムは
腹にめり込んだ我の膝蹴りによって。
「戯け者。たかが一撃防いだだけで良い気になりおって……」
「だってリヴィー……」
「情けない声を上げるでない! 男じゃろ」
腹を押さえて蹲るというみっともない醜態を晒すクロム。なんとも情けない姿だ。
「1撃目が防がれれば2撃、3撃と間髪入れずに叩きこむのが定石である。第一、今の初撃は敵にわざと守らせ隙を作るためだというのが見破れなんだか?」
「そ、そんなの今までやってこなかったじゃんか!?」
「戯け! 教えられたことをこなすだけならば我が師事する必要などないわ。素直に自身の注意散漫を認めよ」
「……暴論だ」
「何か言ったかの?」
もう1発かましてやっても構わんのじゃぞ? と握った拳を持ち上げるとクロムはブンブンと首を左右に振った。
クロムの奴め、最近は特に生意気になりおって……。
力こそ正義、弱きは悪が暗黙の掟である魔族では
しかし防がせるつもりで攻撃したのだが、まさか本当に防いでみせるとは。
クロムの成長には稀に目を見張るものがある。
非力故に今は基礎などの技を鍛えているが、これから人間の肉体の全盛期にさしかかればその問題も解消されよう。今は来たる刻、成熟した身体が持つ力を余すことなく十二分に発揮させられる身体の動かし方、技術の会得に注力すべきだ。
ざっと見積もって6年か、7年。人間にとっては長き時間かもしれぬが、我にとっては瞬きするほどの時間。
その間にこの童はどこまで強くなってくれるやら……。
と、感慨に耽っていると今さらになってクロムに問おうとしていたことを思いだした。
特に気に留めるほどでもない些細なことだが、時間があるなら丁度良い。
「そういえば――」
「1つ問うが――」
我が口を開くのと同時にクロムも言葉を発しハモった。気まずくなったようにクロムは口を窄めるが、ここは譲ってやろう。
「良い。先に話せ」
「ボクはホント大したことないし……リヴィから……」
「勘違いするでない。話せと命令しているのだ。なに、弟子の悩みを聞くのも師の務めよ」
「だから勝手に人の師匠を名乗らないでよ……」
そうクロムは嘆息する。名乗るもなにも、我とクロムの関係を見れば魔王と勇者。あるいは師弟のどちらかしかないだろうに。
弛緩した空気を打ち消すようにクロムは1度深呼吸をして我に言った。
「ここにはリヴィ以外の魔族っていないの?」
それは奇しくも我の疑問に浅からぬ関係があるものだった。
結果的にクロムの用を先にしたのは正解であるな。
「おらぬ」
「ホントに?」
「応とも。魔族だけではない。コボルドや獣人、竜人、使い魔も含めこの城には我以外の存在はおらぬ」
厳密に言えばこの城の付近一帯だがの。割愛して問題あるまい。
まぁクロムの疑問も至極当然であろうな。
人間だろうと魔族や他の種族であろうと、城とは王の住まうもの。
人間であれば門番が待ち構え王に謁見するだけでも難しい。一方で魔族は人間のように回りくどい社会的法を敷く者は少数派で、大体は一部の側近だけを侍らせ、あとは魔物やコボルド、オーガなど知性の低い者らを放し飼いにしていることが多い。
また我のように元人間領の廃城を根城にしている者や、元々王やそれに近しい者が悪霊となって住み着く城では、そこで死んだ者を蘇らせたアンデッドを使役することもある。
「そんな誰もいないんじゃ敵が攻めてきた時どうするのさ」
これらの情報は古くから人間の世では勇者の冒険記や英雄譚にも綴られている有名なもの……端的に言えば常識だ。『勇者は魔王の待ち構える部屋を目指し、道中立ち塞がる魔物らに怯まず道を開いた――』という風にな。
「容易いことよ。我自ら迎え撃ち、正面から叩き潰すのみ」
「そりゃリヴィは強いのは知ってるけど……それでも勇者が大勢人を連れてきたりしたら危ないんじゃないの?」
「クハッ。お前などに心配される必要ない。勇者などもう見飽きるほども屠ってきたわ」
「それは結果的にそうなってるだけで、魔物だとか他の種族の従者? を連れてない理由にならないじゃん」
「ふむ……」
童と思ってはいたが、さすがに聡いの。
話の論点を理解し相手の態度に惑わされず、さらに問答の主導権まで握ろうとしておる。
「1人自由気ままに生きるのが性に合っているが……あえて言うならば、従者を作らないことが結果的に我の目的に繋がるからかの」
「目的?」
「前にも、お前が初めてここに訪れた時にも答えたじゃろ」
悠久の刻を生きる我の数少ない楽しみ。その中で最もお気に入りなのが死闘。
血沸き肉躍る、魂が擦り切れ心がひりつく……一瞬の油断が命とりとなる。そんな聖戦、死闘、殺し合い。
あれほど我の心を昂らせるものは滅多と存在せぬ。
我と同じ日のことを思い出しているであろうクロムに続ける。
「我が求めるのは強者との全身全霊を懸けた真剣勝負。弱き者や傷ついた者を屠ったところで面白くなかろう」
そのためとあらば、多少の苦労も惜しまん。
手始めに廃城巣くっていた悪霊を排除し――。
ついでに城周辺にいる〈
ついでのついでに毒などという姑息なものを使う魔物や植物を根絶やしにし――。
極めつけに、我の下まで訪れた者たちは闘いの前に高位の治癒魔法を施している。
それくらいの面倒事はして当然である。
「これでお前の疑問は晴れたか?」
「う、うん……一応」
「なんじゃ歯切れの悪いその返事は」
「いやぁ、なんかリヴィってなんか想像してた魔王とちょっと違うなって」
「勝手に理想を押し付ける出ない」
苦笑いのクロムに軽い叱責を飛ばす。
魔王とは天上天下唯我独尊を地で体現するものである。
自身の欲に忠実である以上、どの魔王も尖っているのは自然なことであろう。
「次は我じゃがお前……寝床はどこじゃ?」
「え……?」
「どこで住んでおるのかと問うておるのだ」
最近の鍛錬を見ていて気付いたことがある。
まるで亀のような速度ではあるがクロムは日々着実に成長している。
――ただし、我が教えた分だけ。
毎日この城に訪れているのだから、成長できる場所もここ以外にないのは当然じゃが……。
クロムは戦士が本来経験して当たり前のことを経験していないのではないかと、我は睨んでおる。
それは魔王城には魔物や強敵が跋扈しているという常識と同種の……冒険記、英雄譚には欠かさず載っていること。
すなわち――冒険そのもの。
産まれ育った村や町周辺の魔物狩りに始まり、世界を歩き回っての武者修行。途中に伝承の怪物の討伐や試練を乗り越え成長したのち、最果てに位置する魔王の城へと足を踏み入れる。
それらの過程をクロムはすっ飛ばしてここにやって来たような気がしてならんのだ。
たしかにこの周辺の有害な魔物は我が処分したため道中は苦労せずにこれるが、せめて村近くのダンジョンの1つや2つ攻略して経験経て訪れるのが普通であろう。
故に我は疑問を抱いた。
何故そのような考えに至らず、ここに訪れるような蛮行に走ったのか。
クロムは意図が読めぬ言わんばかりに、きょとんと首を傾げた。くっ……。聡いといってもやはり童であるか。
弟子の無知さについ嘆きたくなる衝動を堪え、答えを待つ。
「ここからちょっと南に歩いた先にある村だけど?」
クロムの答えを聞くや否や我の脳内に世界地図が浮かびあがる。
さてここから南に行き、最も近い村はどこじゃ。ついでに最寄りのダンジョンなども探し、遠征に行くのも良かろう。
集中力を上げ、脳内地図の精度を向上させていく。
見つかった!
……と、同時に我は歯切れの悪い返事を返すことしかできなんだ。
「そ、そうじゃったか……」
――
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