繋がり
我が城に初めてクロムが訪れてから早くも1ヶ月が経った。
その間クロムは1日たりとも休むことなく、連日城の門を潜っては我を討伐しにやって来ていた。
何度も訪れている時点で結果は知れているが……そもそも駆け出しの冒険者同然のクロムに億が一にも我が敗れることはない。
それでもクロムは毎日諦めず、絶望せずに我に打ちのめされにやって来ている。
「くっ……こん、の!」
「甘い甘い、踏み込みが甘いのぉ。剣速も遅い。その程度では我に触れる事すらできぬぞ」
「分かってるよ! そんなこと!」
玉座の間にて我とクロムは今日も殺し合いをしていた。正確に言うならば我に殺意はないので、クロムによる一方的な攻撃だがの。
この1ヶ月1度も我に攻撃を見舞ったことはないが、辛うじて攻撃と呼べる動作を行うことができるようになっただけ、クロムは上達している。
攻撃を紙一重で躱しながらダメ出しをしてやるとクロムは連撃を中断し、バックステップで距離をとった。一度悪い流れを断ち切るように間合いを取り直す。
そして一気に離れた距離を詰め、再度攻撃に出た。
中段に構えた聖剣から力任せの横凪ぎが繰り出される。
ただ――。
「大振りすぎる上遅い。そもそも感情に流さる時点で論外」
溜め息を吐く我の胴があった場所を聖剣が空振る。
「あれっ? ど、どこに――」
「ここじゃ」
「っ!?」
「反応もまだまだだの」
振り切った聖剣の剣先にトンッと立ち、もう一言。声に反応して振り返ったクロムの額を指で弾く。それだけでクロムの手から聖剣は抜け、身体は宙を舞った。
こんな稽古が最近の我の日課となっておる。
1戦1戦だけで言えば退屈極まりない戦闘ではあるが、これを1ヶ月という長期的な期間で見ると中々に興味深く、勇者の特性か或いはこ奴自身の才能なのか……。クロムは目に見えて成長しているのだ。
当然、我や歴戦の猛者とはまだまだ比較できんほど力の差はあるが、この調子で数年鍛えてやればククク……楽しみだのぉ。
魔力を帯びたことにより強い硬度を誇る岩。〈魔石〉を素に作った柱に身体をぶつけたクロムに歩み寄る。
「おーおー。今日はまた派手に傷をこさえとるのぉ」
「だ、誰のせいだよ!?」
「貴様が弱すぎるからじゃろ?」
「んぐぐ……」
「ほれ、まずはその肩を見せよ」
軽い問答で仏頂面を作ったクロムが、数刻前とは全く異なる歪な形になっている肩を僅かに動かす。小さな呻き声を漏れた。
本来はくすみなく小童らしい、適度な丸みを帯びた輪郭の肩は凸凹に晴れ上がり、所々が青く変色している。
「これまた派手に壊れとる」
我のデコピンが決め手になったのは言うに及ばず、それまでの攻撃でかなり腕を酷使して筋肉に限界がきていたのだろう。腕の中で砕けた骨があらゆる箇所に散らばり血管まで傷つけておる。
その他に目立つ傷は左足くらいで……あとはなさそうだ。
傷の確認を終えた我は魔力を集め、治癒の魔法を行使する。
こう毎日ポイポイと使ってはいるが魔道を歩む者の中でも一部、賢者のみしか使えぬこの魔法もそろそろ有難味がなくなってきていた。
いっそのこと、こ奴に魔法を伝授するか。だがこ奴に魔法の才能があるとは限らんし……今、ようやく人間の戦士の中でも〈下の下〉くらいになってきたところなのだ。今は基礎的な近接戦闘の稽古に専念した方がよかろう。
「――い。お……う! ……魔王ってば、聞いてるのか!」
「ん、なんじゃ?」
「だからボクの話を聞いているのか!」
「貴様は羽虫が鳴いているのを一々気にするのか?」
「ボクが羽虫同然だって言いたいのか!?」
「そうじゃが。弱いし」
「………っ」
「で、何を言っていたのだ」
今後の稽古の方針に考えを巡らせていた故、まるで聞いていなかった。いっそのこと攻撃しかけてくるくらい主張してくれんと気付かぬ。
「だ・か・ら。もう1度勝負だ!」
「やらぬ」
「なんでだよ!? 怪我も治ったじゃんか」
「はぁ……」
少々身体は動くようにはなってきた
「治ったのではない。我が治したのだ。それに幾ら傷が癒えようと体力や気力も回復するわけではない」
「それでも……っ」
「場数を踏むのは良きことだが、そこに意味がなくてはならぬ。ただ無策に無謀に無為に命を散らすような愚行は、しでかすでない」
おそらく初めて対峙した時から最も殺意を込めた声色で諭す。
我は絶望に屈せぬ勇気を好み、称賛もしよう。
だが戦いに命を捨てに行くことこそ誉とする考えは軽蔑する。それは勇気とは呼ばぬ単なる蛮勇である。
「貴様が真に我を打倒し、人の世に平和を齎したいと思うならば今は休め」
「………………わかったよ」
やはりクロムは聡い童だ。
我を討つという大願を為したい思いは、見失うどころかより強まっているにも関わらず、正論であれば例え敵である我の言葉でさえ受け入れる懐の深さを持っている。
想いを曲げぬ心は
これまで我と相対してきた勇者も差異はあれど、こ奴と同じなのかもしれん。まぁそんなことを考えても、それを確かめることはもう叶わぬがの。
ただ人はこのような者たちに魅せられ、希望を見出し集うものだ。
「そういえば……」
ふと新たな疑問が胸中に湧いた。
数あるクロムと歴代の勇者との違いの中でも一際大きな点。
本来最初に対峙した時に持つ違和感のはずなのだが……。クロムの規格外の弱さに失念していたのであろう。
ともあれ我はその疑問を口にした。
「貴様には戦友はおらぬのか?」
「せんゆー?」
「共に戦場を駆ける仲間やパーティメンバーと呼ばれる者たちのことよ」
噛んで含めるように丁寧に問うが、それでもクロムはピンとこないようで優れない顔を作る。
クロムが剣をとってから比較的日は浅く、戦士としては未熟者であることは事実である。
しかしクロム自身の実力以上に〈勇者〉という肩書は求心力を発揮するものだ。
極端な話をすれば〈魔王討伐を目指す勇者の同士〉という肩書の恩恵……富、地位、名誉が欲しい不純な動機の者どもすら、クロムに近寄らないのはおかしい。
それにここ1ヶ月の間にクロムの口から〈村の人〉や〈人間〉という漠然的な表現は耳にすれど、特定の人物の名前を聞いたことは1度もない。敵に……それも魔王に自身の人脈や他者との関係性を知られることで被る不利益を危惧してか……。いや、こ奴はそこまで頭が回らん。だとすると無意識のうちに避けているのかもしれん。
「問いを変えよう」
「今度は何を訊くつもりなんだ?」
「クロム……貴様の家族はどうしている?」
「……」
「ふむ」
やはり何かあるようだの。
「なに、人質にとって金銭を巻き上げようなどとは考えておらぬ。これは至極単純な知的探求心というものだ」
「お前が金なんて要求しないのはわかってるよ」
「なら何故答えを渋る?」
「別に渋ってないし……」
とは言いいつつも、クロムは明らかに話すのを躊躇っている。
しかし我が無言を貫いて待つと、観念したかのようにポツリと言の葉を零した。
「――――家族なんて呼べる人なんていないもん」
その声色は今まで聞いた中で最も幼くか細いもので。
勇者という大役を背負うにはあまり小さな背中。多くの命を支えるには狭い両肩。本来ならまだ守られる立場であるはずの幼子のソレであった。
言葉の表面だけをそのまま捉えるならば、クロムに親はいないということだが、当然そんなことはあり得ぬ。人の生殖には男と女の2人が必要である以上、少なくとも親はいるはずだ。まぁこ奴が実は人間ではなく魔族か他種族であった……ということなら話は変わってくるが。
「家族がおらぬわけないじゃろ」
「いないし」
「ならば何故、お前はその年まで生きてこれたのだ」
「何故って……」
「それだけでない。お前は何故、自分が勇者であることを知っているのだ?」
「……」
「人はどうしようもなく弱く脆い生き物だ。例えお前がある時どこからともなく生まれたとして、1人では生きてはいけぬ」
悠久の
「酒の肴に丁度良い。話してみよ。お前のこれまでの道程を」
「な、なんで話さなくちゃいけないんだよ!」
「何度も言わせる出ない。ただの好奇心よ」
――――否。
こ奴の身の回りの環境と周囲の者との関係性、何故共に戦う者がいないのか。知る必要があるからだ。
人間は弱い。1人では生きることすら困難なほど。
故に人は群れ、共に支え合う。それがどのような形であろうとも。
かつて我の前に現れた勇者どももそうであった。
ある勇者は仲間を深く愛し、最後の瞬間まで信頼を胸に戦い続けた。
またある勇者は弱き者を贄とし、自身の生へとしがみついた。
またある勇者は慣れ合いは弱さとし、自ら仲間の命を絶ち我に立ち向かった。
いずれの勇者も……自ら友を斬った者でさえ、1度は仲間と共に支え合う〈信頼〉という力を信じた。
奴らと真っ向から対峙した我でさえ、その力が真に強き力なのか。もしくは弱さであるのか答えは出せていない。
しかし……知らないということはそれだけで不利益を被る。戦いにおいて〈未知〉ほど恐ろしい不安材料はない。
ソレが主従でも戦友でも、如何なるものでもよい。強さを求めるか弱き人として、クロムは他者との繋がりを知るべきだ。
孤独を好む者はおるが、孤独に勝てる人間は存在せぬ。
他者と手を取り合うにしても、最後にはその繋がりを絶ったとしても、少なくとも繋がりはクロムの力となるであろう。
などという我の考えを知らぬクロムの前に、我は自前の酒を片手に胡坐をかいた。もう逃げられんぞと言外の圧をかけるように。
「…………分かったよ。でも長くなるから」
「良い。酒は時間をかけて楽しむものよ。好きなだけ話せ」
「じゃあ……どこから話そうかな――」
少し悩むような仕草をとるクロム。
自らの原点を探すように双眸がここではない、過去へと注がれる。
やがてゆっくりとクロムは語りだした。
「ボクは産みの親を知らない。物心ついた頃にはもう教会の孤児院にいた――」
「それで家族と呼べる肉親がおらぬか」
「うん」
「だが孤児院があるということは、お前以外にも捨て子はいたのじゃろ?」
「いた……ほとんどはシスター見習いだったけど、ボクみたいに男子も何人かいたよ」
クロムは当時の様子を順を追って話す。
シスターは人格者ではあったものの、教会の生計難により常に孤児たちは雑用に駆り出されていたこと。
顔を合わせはすれど、孤児たち間で友好的な関係を築く暇がなかったこと。
食事は村の者が分けてくれた僅かなもので飢えを凌いでいたこと。服の替えはなく、寝床や自室を含めた専用の時間も空間も存在しなかったこと。
だがそんなクロムに転機が訪れる。
「1年くらい前に神託でボクが勇者であるってお告げがあったんだ」
神託……いるかどうかも分からぬ神のお告げではなく、精霊や幻獣の類の知らせ。
一介の聖職者風情では精霊からの啓示を感じることはできん。クロムが勇者であることから、そのシスターは偽物ではないだろう。
「最初は勇者が何なのかよくわからなくて……いきなり教会の剣や鎧を渡されて、食べる物とか住むところも良くなったんだけど……ボク自身は何か変わったとは思ってないから普通にしてた。でも、村の人たちがボクの悪口を言っているのを聞いちゃったんだ」
「妬みや嫉み……下らぬ感情よの」
今までは身寄りのない乞食で食料を恵んでやっていたのが、ある日を境に崇め奉らなければならなくなった。そう簡単に受け入れられるものではないが、それを負の感情にしか変換できぬというならば愚か極まりない民だ。
それでもクロムは村の者が好きだと言った。
幾ら自分が非難されようと。
蔑まれようと。
だから教会に被害が及ぶ前に悪態の元凶たる自分から縁を切り、勇者としてできることを全うしようと我の城に訪れた。
「勇者になったことを恨んだことはないし、今は凄いことなんだって思うけど…………1人の時、偶になんでボクが勇者に選ばれたんだろって思うんだ」
祝福とは一種の呪いのようなものだ。
名誉を得て、人であることを失う。
平穏な暮らしを捨て、苛烈な戦場に身を投じる。
勇者とは人が領域外の脅威を凌ぐために作り出された、犠牲とも言えるかもしれん。
「まったく湿っぽい話よのぉ」
「お、お前が話せっていたんじゃんか……」
「話せとは言ったが、湿っぽくしろとは言っておらぬ。……なんとも水臭い」
ゆっくりと堪能していた朽葉色の酒を一気に呷り、盛大に息を吐く。
その勢いのまま我は片手でわしゃわしゃとクロムの頭を乱雑に撫で回した。
「我がいるであろう」
そうからかうように言ってやる。
「魔王と勇者。これほどまでに切っても切れぬ繋がりなどあらぬ。加えて今では師と弟子の関係じゃ。寂しいなどと思う暇があるなら、いつでも我を殺しにかかってこい。もっとも今のお前では不可能であるがの」
「だ、誰がお前の弟子だ!? あとボクの頭をグリグリするのやめろー!」
「クハハハハハハ。そう照れるでない」
勇者の強さには他者との繋がりが深く関係してくる。
それがないというのであれば、作ってやればよい。
頭を撫で回されるのを本気で嫌がっている
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