第190話 文部大臣

「ルーナ=グレイシア。汝を、イブール王国第37代文部大臣に任命する」


 ※


 王宮での就任式を終えて、私はそのまま文部省に向かった。幹部たちにあいさつをするためにね。


 省が用意してくれた馬車を使い、私は王都の道をゆっくりと進む。自分が大臣になるなんて、この王都で暮らしていた時は考えたこともなかったわ。だから、とても不思議な気分。

 

 文部大臣は、学校や大学を中心とした研究機関を所掌する。権限は宰相・財務・軍務・外務の4大大臣に比べれば低いものだけど、国の将来を担う重要な役職であり、内閣内の序列は地方大臣の次の第6位。


 護衛もつくようになって、自由がなくなるのが悲しいわね。

 バルセロク地方知事の地位は残念だけど辞任するしかなかったわね。現状では、私の代理はロヨラ副知事に任せているわ。前知事だから経験は豊富だし、問題なく執務を引き継いでくれるわ。


 さすがに、大臣まで兼務してしまえば、簡単にバルセロクには戻れなくなってしまったから……私の正式な辞任と共に、地方知事選挙が行われるはず。


 私が文部省に到着すると、職員たちが私を出迎えてくれた。


「お待ちしておりました、ルーナ=グレイシア大臣! まさか、こんなところで再会するとは……思いませんでした」

 文部省の事務方トップであるカトル事務次官が私に向かって頭を下げる。


「ええ、私もですよ、次官。バルセロクの教育改革の時はお世話になりました。これからもよろしくお願い致します」


 彼は、文部行政のベテラン官僚。バルセロク地方の教育改革の時は、彼は文部省大臣官房長の地位にいたので、いろいろと手紙でアドバイスをいただいた。


「それでは、今日は職員との顔合わせです。もし、よろしければここで全職員にスピーチしていただければと思うんですが?」


「わかりました」

 職員の人たちは、私を凝視している。

 まずは、お手並み拝見ということか。


「みなさん、今日から一緒に仕事をさせていただくルーナ=グレイシアです」

 希望の目で私を見つめる人もいれば、警戒心を隠さずににらむ人も多い。

 役所は、保守的な場所だから仕方がない。


 ここでも、私は実績を作ることでしか評価されないのよ。

 そう自分に言い聞かせた。


「私はバルセロク地方知事として、教育に力を入れてきました。そして、私は国政の場でも叶えたい理想があります。ですが、私はしょせん政治家です。あなたたちの力を借りることができなければ、何もすることはできない。それは、知事時代に思い知りました」


 少しだけ場の雰囲気が変わりつつある。


「ですから、私に力を貸してください。大臣室の扉は常に開けておきます。誰であろうと出入りしてかまいません。一緒に、このイブール王国をより良くしていきましょう」


 私が降壇すると、拍手がまき起きた。

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