第176話 初恋

―ルーナ視点―


 宰相閣下は私にすべてを託して部屋を出ていった。

 私には重すぎる。知事と元老院議員になったとしても、私は貴族の身分をはく奪されている。だから、私は平民であり続ける。


 たしかに、アレンと結婚して貴族身分に戻る手はあるわ。でも、それだけはだめよ。彼の優しさすらも政治の道具にしてはいけない。それをやってしまえば、クルム王子と同じ卑怯な人間になってしまう。


 政治家としては、甘いとよくわかっている。でも、それが私自身の気持ち。アレンは恩人で、大好きな人だからこそ、彼を利用したくはない。


 私はあの日のことを思い出す。


 ※


「私は、ルーナ様を本当の妹のように思っています。妹が、そのようなことになっていくのを、黙って見ているわけがないでしょう? あなたの本心を聞けてよかった」


「妹が……いや、あなたは王子の婚約者ではなくなったから、もう建前たてまえはいりませんね。私は、あなたのことをひそかに、思っていたんですよ。それは許されない気持ちでした。だから、あなたを妹のような存在だと、必死に思いこもうとしていた。でも、もうその必要性も無くなる。あなたは平民になってしまったけれど、そのおかげで何のしがらみもなくなった。そのような姫をさらわない騎士がいると思いますか……?」


 ※


 たぶん、あの日、私は恋をした。王子に対する親愛の情はあったけど、恋愛としてはあれが……


 あの瞬間が……


 私の初恋だった。


 あの瞬間を考えると、胸のときめきをおさえることはできない。いや、それだけではないわ。


 ※


「言っただろ。姫を救わない騎士なんていないってさ」


「愛する人を目の前で奪われては、カステローネの英雄の名が泣くさ」


 ※


 知事選の時の暗殺未遂。海賊騒動の時の救出。私は何度もアレンに救われている。それなのに、私は何も返せていない。


 今回のクーデターのときだって、アレンに頼りきりだった。クルム王子の奪還。クリスタル川の決戦。彼がいなければ、間違いなく私はここにいない。


 もう、一生をかけても返せないくらいのものを与えてもらったわ。


 そんなことを考えている窓ガラスがこつんと音を立てた。静かな夜で風もないのに……一体なぜ?


 窓に近づくと、アレンが木の上からこちらを見つめている。


「やっと気づいてくれたね、ルーナ。お姫様をお迎えに来ました」


「えっ!?」


「冗談だよ。ルーナ、最近忙しかったし、元老院議員と知事を兼ねるとさらに大変になる。だから、デートしないか? 深夜のお忍びデートを!」

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