第144話 キス

 レストランを出て、私たちはお散歩をしながら話している。

 バルセロクは港町だから、潮風が心地よい。

「ありがとう。詳細は今度、フリオ閣下がこちらに来てくれる時に話すそうだ」


「わかりました」


「ルーナが引き受けてくれてよかったよ。そして、もうひとつ。王都で変な噂を聞いた」


「変な噂ですか?」

 アレンは少し複雑な表情をしている。


「そう。クルム王子は、イブール新報の編集長であるローラと手を結んだそうだ」

 イブール新報のローラ。悪名名高き"魔女"ね。

 新聞記者としての実力は文句ない。ただ、問題は……


「あの闇のフィクサーとクルム王子が手を組むなんて……嫌な予感しかしませんね」

 ローラ編集長は、マスメディアという特性を生かして政界に大きな力を発揮しているわ。

 下手に彼女に喧嘩を売れば、社会的に抹殺される可能性もあるわ。だからこそ、彼女には逆らうことができない。


 厄介な相手。イブール新報は、力がある新聞社だから、世論に与える影響が大きい。それが私たちの敵となったということね。注意しなくてはいけない。


「ああ、だが王子は諸刃もろはの剣になる。あの女は利己主義だからな。王子もいつ切り捨てられるか……」


「それだけの劇薬を使ってでも、私たちに勝ちたいんですね。もう、彼は完全に暴走している」


「ローラもさらに力を欲しているんだろうな。ヴォルフスブルク帝国にも一定のパイプを持っているそうだ。もしかしたら、自分の意のままになる宰相を作り出そうとしているのかもしれない」


「そうなったら……この国はヴォルフスブルク帝国の傀儡かいらいになってしまいまうかもしれませんね」


「それだけは絶対に避けたい。ローラについてはわからないことも多いから、調べてみる。ルーナも気をつけてくれよ」

 彼は、そう言って私の手を強く握った。本当に心配してくれているのね。

 でも、どんなに敵が強くても、恐怖はなかった。


「大丈夫ですよ。私にはこころづよい仲間がいます。ひとりじゃない。みんなが私を守ってくれます。それに……」

 私は、真剣に彼の顔を見つめる。夕日に照らされて、彼の顔は赤く染まっていた。

 イブール王国の伝説の英雄が、こうして私の横にいてくれている。彼には何度も命を救われた。


 クルム王子の魔の手からも……

 エル=コルテスの策略も……

 グラン海賊団の暴力からも……


 だから、大丈夫。あなたが近くにいてくれれば……

 もう、私はそれ以上、安心できることを知らない。


 口に出せば、すべてが壊れてしまいそうで、私は言葉を飲み込む。

 そして、ゆっくりと私たちは口づけをした。 

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