第10話 指輪(&用語解説)
「これは……」
「クルム王子の命令で、伯爵家の屋敷に入った時に見つけたんだ。これは小さいものだったから、簡単に持ち出せた。ルーナが持っていた方がいいものだと思ったんだ」
私は、2つの指輪を手渡された。
お父様とお母様の大事にしていた婚約指輪だったわ。
すべてを失ったと思ったのに、両親との最後の絆だけが私には残された。いや、アレン様につないでもらったといった方がいいわね。
「……」
「申し訳ない。他の物も持ち出せたらよかったんだが、怪しまれずに持ち出せたのはこれだけだった」
「謝らないでください。すべてを諦めていたのに、こんな大事なものが帰ってきたんですから……アレン様には感謝しかありません」
「だが、私は自分の保身のために、キミをかばうことすら、できない非力だ。ルーナにとっては、私は
「違います!! それだけは、絶対に違います。あなたは、身寄りも無くなった私を利害すらも超えて助けてくださいました。あなたがいなければ、私はそもそもここにいないんですよ? この国で王族に逆らうことができるひとなんていません。あなたは、できる範囲の最善で、私を救ってくださったんです。そこに、感謝しても、恨むことなんてできません」
「ありがとう。そう言ってもらえると、本当に救われる」
「私も、アレン様に迷惑をかけないように致します。私の顔は、王都の貴族以外には、あまり知られていませんし、目立つ行動をとらなければ大丈夫だと思います」
「そうしてもらえると、こちらも助かるよ。でもね、ルーナは、決して犯罪者などではないんだ。この村で、キミが平民として生きるのは、なんの不都合もない。だからこそ、胸を張って生きて欲しい。私が言えることじゃないかもしれないが……」
「いいえ、そう言ってもらえるだけで、心が救われます。たしかに、私は暗殺されそうになっただけで、平民として生きることには問題ありませんものね!」
「うん、ただ、殿下にとっては不都合な真実だ。君の身を守るためにも、できる限り隠れていて欲しいが……すまない、自分でも矛盾したことを言っているとわかっている」
「いえ、その通りですよ。私は、自分の身を守るためにも、できる限り静かに暮らそうと思います」
「よろしく頼んだよ、じゃあ、僕はそろそろ王都に戻ろうと思う。スープ、ごちそうさま。とても美味しかったよ」
そう言って、アレン様は私の家を出ていく。
私は静かに手を振り、彼を見送った。
結局、求婚の返事はできなかったな……
たぶん、彼もあえて聞かなかったのよね。
両親の指輪を見て、私が平常心を失っていることはわかりきっているから……
そんな時に、私の気持ちを聞いても、公平じゃない。
正直者の彼はそう思ったに違いない。
彼の誠実さが胸に突き刺さる。
私は、恋をしているのかも、しれない。
冷めたスープを飲みながら、私は心が満たされていくのを感じた……
――――
(用語解説)
イブール王国
物語の舞台。国力は強いが、国際政治の世界では大国の地位にとどまり、覇権国家には劣る。国王と元老院による2つの権力が国家を運営しており、国王は行政権と司法権を司るが、立法権は元老院が持つ。
イブール王族
幼少期から激しい競争がおこなわれて、次期国王を決めるのが慣例である。そのため、王族間の関係は家族でありながら、相互不信であり、ライバルを蹴落とそうと血なまぐさい政争が何度も起きている。しかし、激しい競争の結果、勝ちあがる国王は優秀で力強いものが多いため、問題視されながらも制度の改革はおこなわれていない。国王になれなかった王子の末路は、悲惨であり、ゆがんだ性格になりやすい。また、王妃の実家の権限も強くなりやすい特徴を持つ。
元老院
立法権を司る国会。建国当初に、大貴族たちの利害調整の場として誕生した。あくまで国王への助言機関だったが、マルコ革命時に貴族たちが国王に権力を集中させないため立法権を獲得した。王族や大貴族は、無条件で議席を獲得できるが、下級貴族や平民は、選挙で勝ちあがらないければ議員にはならない。
宰相
元老院議長と並んで、イブール王国のナンバー2。巨大な裁量権を持ち、その権力は王族すら
マルコ革命
200年前に起きた革命。絶対王政に不満をためた貴族と失脚した王族たちが協力し、国王に反旗をひるがえした。この革命の結果、元老院の権力が強化され、王権から立法権が独立した。また、行政の事実上のトップである宰相も、議会が推薦できるようになった。
保守党
マルコ革命において、国王側について戦った者たちが作った政党。基本的に、王党派であり、王族や大貴族たちが要職を占めている。
自由党
マルコ革命において、反国王側に立ったもの達を母体とする政党。下級貴族や平民が多く所属しており、王権の制限や議会の権力強化を主張する。
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