第8話 暗躍する王子

「よし、みんなやってくれ」

 命令に従って、俺は部下たちと、王都の伯爵屋敷に突入する。


 部下たちも困惑したような表情をしていた。そりゃあ、そうだ。

 アルフレッド伯爵家は名門で、伯爵の誠実な人柄は評判だった。いくら、亡くなったからって、火事場泥棒のような形で、私財を奪うのは気が引ける。


「みんなやりにくいのはわかる。だが、これは伯爵家の申出なんだ。責任を感じて自害なさったルーナ様の遺言で、価値のある私財は、災害復興に役立てるために処分してくれと言われている。彼女の最後の善意を無駄にしてはいけない」


 俺がそういうと、皆が泣きそうな顔になった。やはり、伯爵家とルーナ様はみんなに慕われていたんだな。


 ルーナ様の訃報を、王国は悲しみをもって受け取った。

 すべては殿下の計算通りに事は進んでいる。



 悲劇の主人公になった殿下は、さらに人気を集めている。新聞もふたりの悲恋を大々的に取り扱って、今回の災害の顔になったかのようだ。


 自分の婚約者すらも、まるでチェスの駒のように扱う。

 恐ろしい人だ。


 正直に言えば、自分だってこんな仕事はしたくない。伯爵にはいつも優しく紳士的に接してもらっていたし、ルーナ様のことを大切に思っている。


 この数日、俺がどんなに悩んだか。


 いや、俺も同罪か。

 自己保身のために、こんなことをしているんだからな。


 これもこの国の国家制度がおかしいからだ。王になれなかった者は、側近ともども粛清される運命にある。


 だからこそ、命がけの政争になる。


「アレン様、こちらはどうでしょうか?」

 団員が、ペアの指輪を持ってきた。


「これは、伯爵夫妻の婚約指輪だな」


「はい、指輪の後ろに名前が彫られています」


「……」


 きっと特別な魔力が込められた指輪だろう。

 換金すればそれなりの金額になるはずだ。


 命令通りなら、これも接収するべきだが……


「これは、私に預けてくれないか?」


「えっ!?」


「ルーナ様の墓に備えたい。あんな若い女性が一人ぼっちで墓で眠るなんて、あんまりだろう。せめて、ご両親の遺品と一緒に眠らせてあげたいんだ」


「アレン様……わかりました。お預けします」


「ありがとう」


 俺はペアリングを預かった。

 私財のリストなんてない。すべてを知っている伯爵も死んでしまった。これくらいは、彼女の手元に残してあげたい。


 それくらいは許されるはずだ。


 ※


「ああ、王子様は、もう1週間も部屋にこもりっきりよ」

「ルーナ様を亡くして、とても落ち込んでいるのね」

「それはそうよ。ふたりは、物心つく前からの婚約者だったんだもの」

「騎士のアレン様しか入ってはいけないと言われているし」

「ああ、心配だわ」


 女中たちは、何も知らずに心配している。


 俺が、あの人と会うことをどんなに憂鬱ゆううつに思っているかも知らないで、だ。


 俺は、殿下の部屋に入り、報告をする。


「殿下、ご命令通り、伯爵家の財産をすべて差し押さえました」


「ああ、ご苦労。換金は、俺が指定した業者で頼む。あそこが一番口が堅いからな」


「換金後は、国庫に返納でよろしいのでしょうか?」


「ああ、8割はな。残りの2割は俺がもらう」


「はっ?」


「大丈夫だ。あの業者なら、信用できる。お前は何もしなくてもいい。業者が勝手にやってくれる。だから、大丈夫だ」


 裏金か。これなら世論にも嘘は言っていない。倫理上の問題など、殿下にとっては些細ささいなことなんだろ。


「それを使って何をやるんですか?」


「決まっているだろう、政治資金だよ。収入が制限されている王族は、伝統的に資金を妻の実家に頼ることになるからな。だが、俺には、今はそれがない。だからこそ、こういう臨時収入は貴重なんだよ」


「……」


「あいかわらず潔癖症けっぺきしょうだな、アレン。だが、いい。情報局の局長が急死したのは知っているだろう?」


「はい」


 内務省の情報局は、安全保障のために密偵を使いあらゆる情報を集めている部署だ。その部署の局長は、巨大な権力を持っている。


「その後釜に、リムルをつけようと思う。あいつはなかなか使いやすい。見返りに、俺に情報が集まることになるからな。俺たちの陣営にとってもかなり魅力的な話だろう? だが、情報局長は、内務省でも花形だ。ライバルは多い」


「そのために、臨時収入を使って、国務大臣や次官を懐柔するんですね?」


「ああ、大丈夫だ。懐柔は、俺ひとりでやる。アレンたちは、引き続き仕事をしてもらえればいい」


「わかりました」


「情報局長の件だけに、すべては使わない。この金でまだまだやることがあるからな。それにしても、計画はうまくいっているよ。王宮の女中たちの反応が一番わかりやすい。俺はすっかり悲劇のヒーローだからな」


 有能な者が、善人だとは限らない。悪人が力をつけてしまったら、かなり厄介だ。


 俺の目の前の悪人は、楽しそうに笑っていた。

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