第26話

                    *



 自身の部屋に帰ってきた家主ゆみ真梓まあずは、まず手を洗うと、玄関に入って左側にある冷蔵庫に買ってきた物を流れ作業で収納していく。


「お帰りなさ――って、みやび先輩は?」

「ハカセ殿なら自分の部室だ」

「結局使うんですか……」

「ヤツもなかなか強情だ」

「おー、焼き芋の匂いするっすねーマーちゃん」

「買ってきたわよ。由実、レンジ使っていい?」

「好きにしたまえ」

「私のもお願いね」

「うい。みなみんは?」

「あっ、私もお願い」


 その横で、焼き芋の匂いを嗅ぎつけた美姫は、作業の邪魔にならない位置で冷蔵庫の上にある電子レンジに焼き芋を3つ投入した。


「ふう。さて美名美くん、よろしく頼むよ」


 食材と生活必需品などを全てしまった由実は、シンクの作業スペースに後は蕎麦を打つだけ、という状態で道具類を並べて美名美を呼ぶ。


「まだ焼き芋食べてるんでもうちょっと待ってて下さい」


 彼女は立った状態で足先だけをこたつに入れつつ、残り半分を急いで食べ始めた。


「うむ。まあ年明けには6時間以上はある、君のペースでいいぞ」

「すいません」

「……やっぱりあんた、美名美さんに甘くない?」

「なんだね。人が君たちには当たりが強いかの様な言い方は」

「強いでしょ、実際」

「強いっすよ」

「強いです」

「私が悪かったよ……」


 とぼけようとした由実だったが、全員から一斉に指摘されてバツが悪そうに謝った。


「ただいま……」


 直後に鍵を閉めた玄関ドアが解錠され、寒さのせいで鼻が赤くなっている雅は、意気消沈といった様子で入ってきた。


「おおハカセ殿、貴殿の家ではないがやけにお早い登場じゃないか」

「蒸気タービンが故障しちゃった上に予備パーツも無くてね……」

「なるほど。部室吹っ飛ばさなくて良かったじゃないか」

「だからなんで爆発前提なんだい……?」


 冷蔵庫の中に入っていた、チルドのブリトーを電子レンジに入れつつ、ニヤリと意地悪に笑う由実に、その表情同様気の抜けた声で雅は抗議する。


 ユニットバスの水道で手を洗うと、上着のコートを4人の物が引っかかっているポールの1番上に引っかけて、彼女はこたつへ直行した。


「おーさむさむ……」

「ひゃんッ!」

「冷たいっす、みやびー」


 雅が勢いよく足を入れたせいで、反対側の真梓の足を蹴り、あぐらをかいたせいで左側のテレビに面する方向にいる美姫のふくらはぎに触り、連続して抗議の声が上がった。


「おおっと、ごめんよ」


 その長い脚を曲げる雅は、ヨガのように自分の足の裏をくっつけ、若干窮屈そうに座った。


「うむ、やはり4人用では狭いか」


 キッチンへと向かった美名美と入れ替わりで、5つのブリトーが乗った皿を持って由実が戻ってきた。


「センセイ氏とだけならそうでも無いんだけどねえ」

「悪かったな短足で」

「そんな事言ってないじゃないかー」

「冗談だ」


 皿をこたつの上の真ん中に置き、テレビの前にしゃがんだ由実は、雅と丁々発止しながらテレビを付け、テレビ台の棚にあるブルーレイディスクプレーヤーを起動した。


「今年は紅白見るっすか?」

「いや。美姫くんが見たいのならば録画しておこうか?」

「ウチでやって貰ってるので良いっすー」

「そうかね。じゃあいつものアレと行こうかセンセイ氏」

「うむ。では手始めに『バトルシップ』だ」

「見るならやっぱりチキンブリトーがないとね」

「然り」

「このやりとり5年連続ね」

「あ、センセイ氏。その前に出汁の蘊蓄うんちく

「おっと、うっかり忘れていた」


 蘊蓄、と聞いて作業前にブリトーを食べている美名美が、ひょっこりとキッチンから顔を出した。


「美名美くんにも聞こえる様に話すから心配無用だよ」

「ありがとうございます」


 美名美が小さく頭を下げてからキッチンに戻った所で、由実はディスクを入れてからテレビと向き合う位置に座った。


「日本料理の基礎にして最も重要な出汁であるが、これは意外と種類が豊富でな。

 昆布やカツオは言うまでも無く、ウルメイワシやカタクチイワシの煮干しや椎茸しいたけ、サバ節やムロアジ節、豚骨に焼きあごという具合だ」

「はいはい。あごってなんすか?」

「トビウオの事だな」


 ブリトーを食べつつ手を挙げて訊いてきた美姫に、嫌な顔1つせずに答えた由実はさらに話を続ける。


「この出汁は、つい最近味覚と認定されたうま味成分が含まれていて、その成分というのが鰹節はイノシン酸、昆布はグルタミン酸、干し椎茸はグアニル酸だ。

 ちなみにキノコでは、イボテン酸、というグルタミン酸の10倍ほど効果のあるうま味成分があるが――」

「毒性があるんだよねえアレ」

「然り。故に毒キノコは美味しいらしい。食べようとは毛頭思わないが。

 ……話が逸れたな。出汁はそれぞれ料理に合う出汁と言うものが存在するそうでな、鰹節は一番出汁が汁物や茶碗蒸しやめんつゆに、二番出汁が煮物や鍋物、炊き込みご飯に向いているのだ。

 昆布だしは汁物、鍋物、煮物なんでもござれだ。ちなみに、昆布は主に北海道が産地で、最も代表的な物が北海道の西側で南に突き出している渡島おしま半島東・南岸で採れる真昆布だな。他にも様々あるがそこは割愛させて貰う。

 煮干し出汁はみそ汁やラーメン。椎茸出汁は中華料理と煮物。あご出汁は汁物、茶碗蒸しに麺類だな。

 まあもっとも、これらは一例であって、合わせるとさらにうま味が増すのだから、何を使っても問題は無いのだがね?

 混ざることで味にさらなる深みが出るのは、人間も出汁もかわらないのだろうな」


 故に、1つの事しか見ようとしない人間はつまらんものだ、と諦観ていかんした様に毒を吐いた由実は、話は終わった、とばかりにプレーヤーの再生ボタンを押した。


「さてと、やはり『バトルシップ』を視るならチキンブリトーがないとな」

「何度視ても心躍るよ」

「ハカセ殿同様に爆発するからな」

「ボクが爆発するみたいじゃないかー。打ち上げられた鯨の死体じゃないんだから」

「あれは巨体故に発生する膨大な腐敗ガスが逃げ場を無く――」

「ちょっとー、食事中にやめなさいよ」

「ごめんよ」

「すまない」


 地球にデカデカと社名が書いてある、配給会社のロゴが表示されているだけの画面に、すでに由実と雅の2人はかじりついて見ていた。


――――――――


参考文献


 株式会社にんべん『にんべんネットショップ』「だしの色々な種類を紹介!おすすめの料理とだしパックの活用法も大公開!」(https://shop.ninben.co.jp/blog/?p=824)

 株式会社ボニト『だしを知る(出汁の種類)』(https://www.e-bonito.com/know/)

 株式会社くらこん『昆布講座』「3.昆布の産地と種類」(https://www.kurakon.jp/ency_kombu/03.html)

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