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第24話

 大晦日の昼下がり。雪かきがされていて、黒ずんだ雪の塊があちこち残る一車線半幅の道を、由実ゆみ真梓まあずみやびはスーパーへの買い出しのために歩いていた。


「なぜ貴殿らと買い物などをせねばならんのだ。代わり映えがしないにも程がある」

「アンタがじゃんけんに負けるのが悪いんでしょ」

「センセイ氏ー真梓氏ー……。もめてないで寒いから早く行って帰ろうよー……」


 由実は非常に不満そうに口を曲げ、真梓は文句を言われて顔をしかめ、雅はひょろりと長い長身をいつもより丸めていた。


 せっかくだから5人で年越しをしようと、いつものたき火同好会部室ではなく、学校近くにある由実が生活する単身者用アパートの部屋に集まっていた。


 そこで、年越しそばの材料を買い出しに行く要員を平等にじゃんけんで決め、結果由実と雅になったが、なかなか出発しない2人にしびれを切らした真梓が彼女らを半ば連行していた。


「なに? そんなに大田さんと一緒が良かったわけ?」

「単に貴殿ら2人と出かけるのは食傷気味なだけなのだよ」

「また分かりやすい嘘だねえ……」

「……」

「あー、勘弁しておくれー……」


 ロングダウンジャンパーとニット帽にネックウォーマーでモコモコの雅は、由実に無言でジャケットのファスナーを開けられて、ガタガタと震えながらファスナーを再び上げた。


 由実も色が暖色か寒色か以外は、雅とだいたい同じ服装をしているが、真梓は上に着ているのはブラウンのトレンチコートで、タイツに包まれたふくらはぎが裾から出ていた。


「しかし、真梓くんはなんでその格好で寒くないのかね?」

「確か小さい頃、年中半袖だった覚えがあるなぁ」

「さあね。あと、そんな覚えはないわよ雅」

「あれ?」

「寒すぎて脳みその血流でも悪いかねハカセ殿?」

「うーん、おっかしいなあー……」

「あー、あの子じゃない? 小6のとき一緒だった山岸やまぎしさん」

「誰だっけ?」

「さあ? とんと覚えが無いね」

「他人に興味なさ過ぎよ。修学旅行一緒な班だったじゃない……」


 本当に全く覚えのなさげな2人を見て、真梓は呆れた様子でやれやれと息を吐いた。


「まあいいわ。ところで具は何にするわけ? 私は天ぷらが良いんだけど」

「私はお揚げがいいのだがね。うま煮をくわえると出汁に深みが出るのだよ」

「は? 美姫も天ぷらが良いって言ってたんだけれど? 雅は?」

「それを言うなら美名美くんはお揚げ派だぞ。ハカセ殿はどうする?」

「ええ……、ボクが決めるのかい? どっちでも良いから早くスーパー行きたいんだけど……」

「では2対2だな」

「そうね」

「ここは相撲で決めるか」

「望むところよ」

「ええー……」


 静かにヒートアップしていた2人は、河原に作られた砂舗装の広場を指さして由実が言った言葉に真梓が乗り、そこへ向かうと見合ってしゃがみ込んだ。


「はっけよーい……」


 目が半分死んだ魚の様になって上着を持たされている雅のかけ声と共に、由実と真梓はがっぷり四つに組み合った。


「ぬぐぐぐ……」

「ふんぬぅ……」


 2人とも一歩も譲らす、一進一退の攻防を繰り広げていたが、


「ん? そこ水たま――」

「うおぁ!?」

「わあぁ!?」


 実は足元のすぐ右側に凍った水たまりがあり、気付いていなかった彼女らはそれを踏んづけて、組み合ったまま同時に転んだ。


「同体だね……」

「取り直しだっ」

「望むところよ!」

「も、もうどっちも作れば良いんじゃ無いかなー……」


 寒さが限界に達した雅は、泣きそうな顔で2人の間に割り込んでそう訴えた。


「すまんな。その考えはなかった」

「あ、冷静に考えればそうね」

「そしてなぜ我々は相撲を?」

「あんたが言い出した事でしょうが……」


 2人はあっさり納得して、再びスーパーへ向かって歩き始めた。


「あー、暖かい……」

「雪山から生還した遭難者かなにかかね」


 店内に入った途端、雅は感じ入るように目を閉じて、点を仰ぎ見てしみじみ言った。


「じゃあさっさと買って帰るわよ」

「えー、イートインに2時間は居たいんだけど……」

「日が暮れるじゃない。ほら、馬鹿なこと言ってないで薬味さがして来て」

「はーい……」

「由実は具持ってきて。なんかこだわりあるんでしょ」

「うむ」


 しょっぱい顔をしている雅はフラフラと調味料コーナーへ、腕組みをして何かを考えている様子だった由実は惣菜そうざいコーナーへと各自向かって行った。


「さてと、あいつら計画性なさ過ぎるのよね……」


 その間に真梓はメモに書いてきた、由実と雅の部屋に不足している洗剤などの日用品を買いに向かった。


 一方その頃。


「うーん、やっぱり行ってあげた方が良かったかな?」

「そういうルールだから良いと美姫ちゃんは思うよー」


 部屋に残った美名美と美姫は、休み明けテストに向けてこたつではす向かいに座って勉強をしていた。


「美姫さん、これ教えてー」

「おー、みなみん惜しいっすねー。この式をこうすればいいっすよ」

「あ、ありがと。美姫さんの教え方ってやっぱり分かりやすいや」

「へへーん。美姫ちゃんをもっと崇めてもらって構わんすよ」

「えらーい」

「へっへっへ、褒めても何も出やしませんぞ」


 美名美が詳しく説明する前にヒントを出した美姫は、彼女に褒められ胸を張ってドヤ顔をした。


 ちなみに美姫は全体的に非常に成績が良く、テストはだいたい80点台以上をマークしている。


「美姫ちゃんちょっと休憩するねー」

「あっ、うん」


 そこから流れる様に美姫はパタッと寝転び、その辺に転がっていた、緑のデカいペンギンの様なぬいぐるみを抱き寄せた。


「あー、ええっと……」

「ぬっ、訊きたいところあるんすかー?」

「勉強じゃないことだからそのままでいいよ」

「うい」


 シャープペンシルを置いた美名美の問いかけ、起き上がろうとした美姫だが、美名美の言葉を聞いてまた横になった。


「由実先輩ってペンギン好きなの?」

「ユッさん? うー、どうだろ。みやびーなら分かるかもだけど」


 そこにいっぱい置いてあるしそうじゃない? と美姫は、美名美の後ろにある大小様々なペンギンのぬいぐるみだらけのベッドを見ながら答えた。


「美姫ちゃんは別にユッさんと仲いいわけじゃ無いんだよねん。マーちゃんの友達の友達みたいな感じっすわすわ」

「すわすわ……」

「まー、幼馴染みは幼馴染みだけど」


 コロッと転がって仰向けになり、ペンギンの様なぬいぐるみを高い高いしながら美姫は言う。


「それはそれとして、なーんか見た感じ色々あるっぽい気はしてるっすよ。ユッさん」

「やっぱり?」

「ん? マーちゃんがなんか言ってた感じ?」

「うん」

「結構言ってる事容赦なかったっす?」

「うん、まあ……」

「おー、マーちゃんがそう言うなら、みなみんは良い者だぬー」


 知っていた様な反応に、ちょっと警戒した感じで問いかけた美姫は、美名美が苦笑い気味に答えたのを受け、にへっと笑った。


「ユッさんの実家の部屋、行ったことあるけどなんか殺風景なんすよね。ペンギンとかなかったし」

「なるほど……」

「まー、それも中学上がったらユッさん母に家へ入れさせて貰えなかったんでー、なんか変わってるかもかも」

「幼馴染み、なのに?」

「うーんそうなのん。みやびーだけはなんかオッケーだったけど」


 基準がわからーん、と言って、美姫はこたつの中に身体を横向きにして入っていった。


「えっと、美姫さん?」

「肩が冷えただけー。嫌だったとかそういうのじゃなーい」

「なら良かった」


 突っこみすぎたか、と思って焦った美名美は、顔だけ出して美姫にそう言われて1つ息を吐いた。

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