第20話

美姫みきが補習で暇なのよ。ちょっといさせて貰える?」

「そういうことなら。――美名美くん、それどうするかね?」

「あっ、部屋には持って行けないので、この部屋に置いておきたいです」

「分かった。そういうわけだから、棚にしまっておいてくれるのならば歓迎しよう」

ていの良い小間使いじゃないのそれ。で、どこに入れとけば?」

「その向かって右下のスペースに頼む」

「えっと、ここね。はいはい」


 不満そうにしている真梓だが、それは顔だけで動きは迅速に指定された位置にしまった。


「あ、そういえばこの前あんた達が行ったキャンプ場、熊出てたらしいけど見た?」

「ははは。バカ言えシカだったぞ」

「いやマジで同じ日よ。お客さんが追い払ったらしいけど」

「あー、だから威嚇を」

「ひえ……」


 雅との醜態を思い出して、ごまかす様に高笑いしたが、美名美と逆サイドのカウチの背もたれに座った真梓が、携帯の画面を見せるとサーッと顔が青ざめた。


「大田さん、今日はどんな話してたの?」

「たき火用具についてです」

「で、貰ったのね。あの辺りを」

「ですね」

「貢いでるのはどうかと思うけど、あんたが私達以外と仲良く出来てて良かったわ」

「なんだねその祖母みたいな言い方は。そして貢ぐとは失礼な事を言うな諸星もろぼし真梓まあずくん」

「なんでたまにフルネームなのよ」

「他意は無い」


 温かい目を向けられた由実は、ブスっとした顔をしているが、照れているのは真梓にはお見通しで、彼女はさらに表情の温かさを増した。


「花を摘みに行ってくる。美名美くんに余計な事吹き込むんじゃないぞ」

「はいはい」


 居心地が悪そうな様子を見せる由実は、美名美に顔を見せないように真梓を指さしながら言って、そそくさと部屋を出て行った。


「で、どうなのアイツは。一緒にいて感じる印象とか」


 真梓はこっそり廊下に顔を出して、由実が近くに居ないことを確認すると、後ろ手に引き戸を閉めながら美名美へ訊いた。


「どうしたんですか。いきなり」

「まあ、ちょっと嫌われてないか心配してるのよ。ほら、アイツ口はきついし皮肉屋だし色々ひねくれてるし、誤解とかされやすいタイプだから」


 幼なじみを割と容赦なく評する真梓に、美名美はちょっと笑いそうになってしまうも、なんとかそれを堪えた。


「大丈夫ですよ。物知りだったり案外素直だったりっていうのも、真面目で律儀で優しい人だっていうのも分かってます」

「よく見てるわね。アイツは否定するだろうけど、だいたいそれで合ってるわ」


 ちょっと心配、という言葉とは裏腹に、真梓は目を閉じて深々とため息を吐いた。


「結構前にアイツ、友達が居ないと社交性がない事になるから、ってね、もの凄い人見知りなのに無理して仲良くしようとして具合悪くしたりした事があってね」


 それが友達の証だから、ってだまされてたかられてた事もあったわね、と当時の事を思い出して憤慨する真梓は少し低い声で付け加えた。


「ああ、ごめんなさい。こんなこと言われても困るわよね」

「ああいえ、そんな事は。もう少し、由実先輩の事知りたかったですし、ちょうど良かったって言って良いのか分からないですけど……」


 初対面のときそんな印象はまるっきりなかったため、内心で美名美は驚いていた。


「そういう気遣いが出来るなら信用できるわ」


 真梓はフッと暗い顔をして視線を落とし、


「あなたは、出来ればアイツのことを否定しないであげてね」


 顔を上げた彼女は、気がかりそうに少し眉をひそめつつ、小さく笑って美名美に頼んだ。


「それって、どういう――」

美姫みきちゃん降臨ーって、マーちゃんとみなみんだけ? ユっさんは?」

「花摘んでるわ」

「そーなのー」

「みなみん……」


 美名美が突っこんだことを訊こうとしたタイミングで、テンションは高いがぐんにゃりした感じの美姫が突入してきた。

 

「あれ、ダメだった?」

「ああいえ、ちょっとびっくりしただけで……」

「じゃあ良かったっすー」


 突然のあだ名呼びに面食らった美名美に、美姫が首をへにゃっと傾げて訊くが、そう説明されて限りなく柔らかい笑みを浮かべて、真梓の隣にくっつく様に座った。


「補習どうだった?」

「1発オーケーだぜー」


 真梓が頭1つ低い美姫と顔を見合わせてそう訊き、彼女が得意げにサムズアップで返答すると、


「えらーい」

「わー」


 飼い主がペット撫でる様に、真梓は美姫の頭をゆるゆると撫でた。


「なにやら営業妨害をしていた予感がするぞ」


 ぬー、と静かに引き戸を開けて帰ってきた由実は、いちゃつく2人にジト目を向けて、疑り深くねっとりとした声で言う。


「どこに売り込んでるのよ」

「ユっさんおっすおっすー」

「うむ。礼儀正しい美姫くんにはこれをあげよう」

「おお、例のクッキーじゃないすかー」


 戸を閉めるといつも通りの口調に切り替わって、自席に置いてある半分だけ残っているクッキーの袋を美姫に渡した。


「ついでに芋も焼いておいた。ハカセの実家のものだぞ」

「どーも」

「あっ、いつの間に」


 踵を返した由実は、中座する前にストーブの中に置いていた、アルミホイルに包まれたサツマイモを火ばさみで引き出し、紙皿において真梓に渡した。


「そろそろ宵の明星が見える時間ではないか?」

「あ、そうね。行くわよ美姫」

「あいよーマーちゃーん」


 由実からの指摘を受け、携帯の時計を見た真梓はすっくと立ち上がると、美姫を連れてそそくさと退出していった。


「カイロの備蓄は十分か?」

「あるわよ」


 近くの棚に置いてあった未開封のカイロ2袋を手に、由実は入り口まで追いかけていって訊くが、真梓が上着のポケットから同じものを2つ見せて返した。

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