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第18話

「由実先輩、入りますよ。――ってあれ?」


 ホームルームが終わってすぐに部室へと直行すると、鍵はすでに開いていたが由実が珍しく不在だったため、美名美はパチパチとまばたきしつつ足を踏み入れる。


 これ、どうしたんだろ?


 その代わり、カウチソファーの後ろに敷いてある縦長に畳まれたブルーシートに、様々なキャンプに使う様な道具が並べられていた。


 それを横目で見つつ、美名美はカウチの横にかばんを置いて肘掛けがある側に座った。


 ホームルーム、長引いてるのかなあ?


 靴を脱いだ足を反対側に伸ばし、いつも由実がいる方を見やると、冷蔵庫が置いてあった場所にストーブ台に乗った時計型のストーブが置いてあった。


 その上から出ている煙突は天井付近で奥側に曲がり、壁にある本来は石油ストーブ用の排気口に接続されていた。


 冷蔵庫は……、こっちか。


 美名美が振り返ると、冷蔵庫が入り口の脇に鎮座していて、上に電子レンジと電気ケトルが乗っていた。


「クッキー、あり……? これなんて読むんだろ」


 2ドアのそれの上扉に、安っぽいホワイトボードがくっついていて、「クッキーあります」と書いてあった。


 まあ、あるって事かな。


 ます記号の意味を図りかねていた美名美はそう結論づけて、由実が持ってきたアザラシ柄のブランケットに包まり、帰ってくるまで読書しておく事にした。


 勉強とか訊いてるとか? あー、いや。あんまりしなくても問題ない、って言ってたっけ。


 薪割り機で薪を割ったり、アウトドア雑誌を広げながら雑学を語ったりする由実がいないだけで、美名美には部室がただの倉庫になった様な感じがしていた。


 外の曇天が見える窓に風が吹き付けて、カタカタ、と小さく音を立てたところで引き戸が開かれた。


 由実かと思って振り返ると、


「センセイ氏ー。本返しに――って、あれ、美名美嬢だけかい?」


 パンツスタイルの冬のセーラー服に、いつも通り白衣を羽織った雅が、老舗超常現象専門誌を返しに現われ、美名美と同じ様に驚いて彼女へ訊いてきた。


「あ、はい。私もどこにいるか知らないです」

「そうかい。珍しいね。うーん、綿あめ製造機見せたかったんだけど」

「爆発しないのが分かるまで持ってこないでくださいね」

「いやいやー。さすがに――」

「……今、なんか凄い音しましたけど」


 それはないよ、と言った瞬間、遠くの総合科学同好会の部室方向から大きめのクラッカーの様な音がした。


「あっ、やば。火災報知器なっちゃうかな?」

「私が預かりますから行って来て下さい」

「サンキュー」


 へらっ、と苦笑いした雅は雑誌を美名美に手渡し、すたこらと自分の部室に戻っていった。


「扉ぐらい閉めていったらどうだねハカセ殿!」

「あーごめんよー!」


 それと入れ替わる様に、外階段から部室棟に入ってきた由実が、雅の背中へ文句を言いながら入ってきた。


「おや美名美くん。早いじゃないか」

「あ、由実先輩お帰りなさい」

「? 私は今来たのだがね、美名美くん」

「いや、なんか帰ってきた感がしたんで」

「そうかね……。まあいい、寒いだろう? ストーブを付けよう」

「お願いします。あの、なんかあったんです?」

「大した事ではない。そやつの設置許可証を取りに行っていただけであるよ」


 備え付け棚の横板を手すり代わりにし、ブルーシートの端を通って奥に行きつつ答えた由実は、革製トランク型バッグを机の横にぶら下げた。


「あ、これってキャンプに持って行った……」

「おお、よく覚えていたね。どうせストーブならこちらの方が味があるからね」

「物が散らかってないからですね」

「ふっ。それもあるな」


 燃焼室の窓を開け、横に積まれていた薪を手早く中でらせん状に組んだ由実は、たき付けの絞った新聞紙を入れると草焼きバーナーでさっさと着火した。


「薪ストーブで静かに燃える炎を眺める。いかにもたき火同好会らしいではないか」

「ですね」


 頭をもたげて熱心に覗き込み、モゾモゾと動く由実の背中があって、ただの倉庫が特別なものになっている事を感じていた。


「ところで、その斧とかってなんです? あ、あとこれ、西宮原先輩が」


 本を手にしたままボンヤリと眺めていた美名美は、道具類を指さしてそう言った後、膝に置いていた雅から預かった雑誌を見せた。


「やれやれ。3ヶ月も借りっぱなしにしよってからに……」


 手袋を外しつつ呆れる由実は、椅子にそれを引っかけると、背もたれに手を突き身を乗り出して受け取った。


「まあそれは良いとして。なに、活動の一環として美名美くんに道具の解説をしようと思っての事だ」

「なるほど」

「ちなみにそれらは全て君のものだぞ。置き場に困るならばこの部屋に置いておくと良い。幸い置き場所には困らないからな」

「あ、どうも」


 由実は雑誌を適当に机の上へ放り、先程と同じ様にカウチの後ろを通過して冷蔵庫の前に行き、その横にマグネットフックでぶら下がるアルミカップをレンジの前に置いた。


「さて、その前に腹ごしらえだ。ここにある通り、争奪戦に勝利してクッキーを手に入れてね」

「先着順なのによく買えましたね」

「ハカセに頼んでね。ヤツは私と違って足が速いからな」


 由実は得意げな様子で、冷蔵庫から白い取っ手つきの箱を取り出し、カウチの前にある低い長机に置いた。


 購買にて週に一度、理事長の厚意で5組限定のハチミツ味のクッキー3袋セットが販売されていて、毎度熾烈しれつな購入券争いが繰り広げられている。


「……あの、その記号ってなんです?」

ます記号というものだ。まあ読み方以上に深い意味はない」

「じゃあ〝あります〟って読めば良いんですね」

「うむ。その通り」


 白い飾り箱を開けると、中には綺麗きれいな円形の小型クッキーがいくつも入った袋が2つ入っていた。


「1つは駄賃でハカセにやったぞ。いわく、今まで食したもので最高、だそうだ」

「へえ」

「まあ、ヤツは何でも旨い旨いと言うんだがね」


 こちらからすれば気分は良いがな、と、由実は弾む様な声でニヤリと笑った。


 ケトルの横に置かれた小さな籠から、インスタントコーヒーのスティックを取り出した由実は、由実のカップにはブラック、美名美のそれには甘めのラテをそれぞれ入れた。

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