第17話
「もうすぐ出来るぞ」
「その前にセンセイ氏は魚食べきらないとね」
「どうせ冷ましてから食べるのだ。急ぐ必要は無い」
ほんの少ししか食べられていないが、そう言って皿を作業台に置き、革のミトンをはめてアクアパッツァを確認する。
「よし、これはもう良いな」
焦げ付きもなく魚内部の温度も十分で、1つ頷いた由実は、作業台上の鍋敷きにダッチオーブンを置く。間もなく、炊飯器もブザーを鳴らした。
「うはー。早く食べようよセンセイ氏ー」
「待て待てハカセ殿。蒸らしがまだ終わっていないぞ」
「その時間も含んでるんじゃないのかい?」
「うるさいな。食わせんぞ」
「すこし冷めるまで待ちましょう
「そうだね」
「飯返しやっときますんで、由実先輩は盛り付けお願いします」
「……むう。任された」
おもむろにやって来た2人へ、由実は少し口先を
美名美が手を洗ってきてから、釜の中のご飯を切るように混ぜる事と同時進行で、やや浅めのどんぶり型紙皿に具材を盛り付けていく。
「あれ、そういえばボクの椅子とテーブルは?」
「自前のものを持ってきたまえ」
「あるって良く分かったね?」
「ハカセ殿が荷物を下ろすをの面倒くさがるのは昔からだからな」
何を今更、と言った調子で雅の目を見て言う。
「取ってくるから全部食べないでくれよー」
実際、一式リアカーに乗せっぱなしで持ってきていた雅は、スタコラサッサと取りにいった。
「なあ美名美くん。言いづらい事ならば謝るが、先程釣り堀で親しげに話していた御仁はどなたかね?」
美名美の方を見ず、由実はかなり訊きにくそうに、ご飯を持っている彼女へ訊く。
「普通に父ですよ」
「そうか」
別に他意は無いぞ、と由実は素早く言って1つ息を吐く。
「時に美名美くん。我々、知り合って少し経つじゃないか」
「はい」
「君が良いのなら、もう少し砕けた調子でも良いのだぞ? 敬語も堅苦しいだろう」
「ですけどその……、いきなりと言うのは抵抗があるというか」
「……そうかね」
「でもあの、少しずつ、ということなら」
「美名美くんがそう言うなら尊重しよう」
拒否されたと思って由実は少し肩を落としたが、それを聞いてすぐに明るい表情と声になった。
「おーい。持ってきたよー」
折りたたまれたチェアとテーブルを手に、由実の料理への期待にウキウキの雅が戻ってきた。
「ん? センセイ氏なんかご機嫌だね」
「それはそうだろう。趣味レベルで手ずから食事を提供する者が、不機嫌になるわけが無かろう」
「あ、そっか」
雅はテーブルとチェアを由実の右隣に設置して、まだ湯気がもうもうと出ている料理を受け取って席に着く。
美名美の分と自分の分も盛り終わって、2人も自分のチェアに腰掛け、ブランケットを上から羽織った。
「私の事は気にせず食していたまえ」
「はいよー。いただきまーす」
「いただきます」
雅はいきなりご飯をアクアパッツァに投入し、自前で持ってきていた木のスプーンで
「骨抜きも頼んでおいて正解だったようだな」
「うん。だと思ったよ」
「してなかったらどうする気なのだ……」
「出汁が尋常じゃなく利いててうんまいねー。さすがセンセイ氏」
「そうだろうそうだろう」
にへ、と至福の笑みを浮かべつつ、ヤマメの身を崩しご飯とスープを程よく混ぜて口に運ぶ様子に、食べ方に付いては何も言わない由実は、腕組みをして極めて満足げに言う。
「美名美くんは……。お気に召してくれた様だな」
由実から見て右側の美名美を見やった由実は、彼女がうっとりと味わっている様子に、訊くまでも無く満足している事を察した。
「ねえセンセイ氏ー。ボクはなんか
ぬるくなった焼き魚を食べている由実に、今日はいつもの長話がない事にふと気づいた雅は、彼女に少し頭を寄せながらそう催促した。
「私も聞きたいです」
「うむ、美名美くんに言われては快諾せねばなるまいな」
由実は先程よりも更に活き活きした表情でそう宣言すると、ご飯が盛り付けてある椀を手に取り、箸で上の方をひとつまみする。
「では、この偉大なる植物・稲の話をしようじゃないか」
そう言うと彼女は、それに2度3度息を吹きかけてから口に運んだ。
「イネは植物界被子植物門単子葉類網イネ科イネに分類される植物で、世界中に20数種が知られているが、ほぼ野生種で存在している。
栽培されているのは2種、アフリカイネとアジアイネだ。その名前の通り前者はアフリカで、後者はアジアを中心に世界中で栽培されているぞ。
アジアイネの中では、我々になじみ深いのはジャポニカ種、ジャワ・イタリアなどで栽培されているジャパニカ種、そして東南・南アジアなどで作られているインディカ種の3つがある。これは他と違ってパサパサした食感になるのだよ」
「タイ米、でしたっけ」
「然り。ちなみに水稲栽培が我々にとっては最もポピュラーなものであるが、書いて字のごとく陸で育てる
合間合間に焼き魚を食べて骨だけにした由実は、それを紙皿に置いて雅が煎れておいてくれていた緑茶を
「我が国において、米は縄文時代末期に大陸から伝来してきたものでな。定説はないのだが、朝鮮半島または
いずれもわざわざ携えて移動したのだろうが、そこまでする価値があると見込んだ者がいて、まったくその通りであった事を鑑みるに、やはり人間は人間である以上、みな同じ性質を持っているのだろう、と私は思うね」
良くも悪くもね、と、毒の混じった含みのある言葉で締め、小さく被りを振った由実は程よくぬるくなったアクアパッツァのヤマメを突いて身をほぐした。
「うむ。さすが私の腕だな」
それを口に運んだ由実は一転、純粋に腕の上がった事を感じ、上機嫌そうに自分を褒めた。
いつもの調子に戻った事を見て、雅は微笑んで美名美へサムズアップし、彼女は小さく
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参考文献
ミツハシライス『おしえてミツハシくん! -お米の知識-』
「イネの種類」(https://www.3284rice.com/fun/chishiki/quest1/)
「イネのルーツ」(https://www.3284rice.com/fun/chishiki/quest2/)
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