第15話

「おーい美名美くん。どうやら無事に釣れたようだね」


 父を見送った後、美名美が振り返ると由実がちょうど帰ってきていて、やや小ぶりの発泡スチロール箱を抱えていた。


「はい」

「どうだね、釣れるという感覚は」

「なんかこう、苦労した分スカッとしますね」

「いやあ、良かった良かった。醍醐味だいごみを感じられたようで何よりだ」


 満足そうな顔をしてはいる由実だが、喋りが普段よりもかなり明るいトーンで、美名美は彼女が本心を隠している様に感じた。


「もっと釣っても良いのだぞ? 美名美くん」

「いえ。1匹釣れて満足したので」

「ん。そうかね。ところで、先程の男性は送ってきてくれたというお父上かね?」

「そうです」

「なるほど。では、新鮮なうちにこやつらをいただこうではないか」


 一応確認した、という様子でそこまで関心がなさそうな反応を見せた後、由実は引き続き同じ様なトーンでそう言い、デイキャンプサイトエリアへと向かい始めた。


「精算と竿返しに行くんで、先に行っててください」

「承知した。ああ、後でそのニジマス分は私が払おう」

「ああはい。ありがとうございます」


 対岸の釣り場の方に移動したところで、美名美は由実と一旦別れて精算所へと向かうが、


「……」


 その途中で引き返した彼女は、精算所の建物の横の道を歩く由実の後ろ姿を見る。


 すると、いつもの飄々ひょうひょうとした由実とは違って、俯きがちにゆっくりと歩を進めていた。


 なんか嫌な事でもあったのかな?


 気にはなったものの、自分が訊けるような立場でもないと思い、由実をなるべく待たせないために美名美は今度こそ精算所に向かう。


「1匹でいいのかい? 重さで決める方がトータルだと安いけど」

「良いです」

「あいよ。で、さばいた方がいいかな? 手間賃かかるけど」

「あ、お願いします」


 受付の方に繋がっている、開け広げられた奥の扉から雅がやって来て応対する。


「……ねえ美名美嬢。由実の様子がなんかおかしいな、とかあったかな?」


 ニジマスを奥の作業場へと回したところで、雅がレジを打ちながら少し小さな声で訊ねてきた。


「あ……。ええっと、ですね――」


 言っても良い物だろうか、と多少の間躊躇ためらった美名美だが、自分より由実の扱いを分かっている雅に伝えた方がいい、と考えて見たことを話した。


「うーむ。やっぱりか……」


 ぼそっとつぶやいた雅は口を真一文字に結び、その下唇をんで顔をしかめる。


「細かいことは言えないんだけど、センセイ氏とご両親、ちょっと折り合いが悪いんだよね」

「なるほど。それで由実先輩、逃げるみたいに……」

「ま、そういうこと」


 雅が苦々しい顔つきでそう言ったところで、ちょうど諸々もろもろの処理が終わった頭つきの魚が、袋ラップに入れられて返ってきた。


「後でボクも行くから、美名美嬢はとりあえずいつも通りに接してあげてくれよ」

「あ、はい」


 頼んだよー、と軽く手を挙げて言いながら、雅は受付へお客の対応に向かった。


 喋ってるの聞いた感じ、そんななんか問題ありそうな感じしなかったけど……。


 外と身内とで違うのかな? と思いながら、美名美は由実の待つデイキャンプサイトへと向かって歩き出した。





 小川沿いのキャンプサイトは、美名美達のほかにはバンについたタープを伸ばして設営している、黒のジャージ姿の男性と防寒具でモコモコな長い黒髪の少女しかいない。


 美名美はその脇を通過して1番奥の角にある設営に戻ってくると、由実はすでに炭に着火していて火ばさみで調整をしていた。


「もう少しかかるから、たき火に当たって待っていてくれたまえよ」

「あっ、はい」


 炭火グリルから目を美名美へ向けずに、由実は口調だけはいつも通りにそういう。


 ヒノキの香りがするたき火に当たりながら、美名美は作業する由実を背後から見つめる。


 あんまり元気ない……、って感じかな?


 テキパキと動いているにはいるが、いつものにじみ出るウキウキ感が無い様に見えた。


「おーいセンセイ氏ー」

「む。なんだねハカセ殿。バイトはいいのかね?」

「時間制だから問題ないよ」

「そうかね。……ところでその不吉な段ボール箱はなんだね」

「不吉とは言ってくれるねえ。コイツは全自動コーヒー焙煎ばいせん機改6さ」


 顔を上げて振り返った由実に、全く信用されてない調子で言われた雅は、得意そうな様子で抱えている段ボールをテーブルに置いて中身を引っ張り出した。


 先日のものよりは小ぶりの炊飯器を使ったもので、電源コードの先はまだ段ボールの中にある。


「して動力は何かね?」

「ふふふ、それはね――」

「ハカセ殿のことだ。核融合発電などであろうな」

「うーん。そこまで超技術は持ち合せてないかなー」


 ほんの少しだけもったいぶった雅は、由実にボケをかまされてにへっと苦笑いを浮かべ、箱の中からミニチュアの水車を取り出した。


 コの字形の金属板の空いた部分から、半分ほど水車が顔を出していて、その軸のモーターから伸びたコードが本体の方に繋がっている。


「小水力発電機だな」

「正解ー」

「普通に発電機で良いのではないか?」

「いやー。どうせならエコにしようかなと」

「そうかね」


 関心した様子で炭が熾火おきびになった事を確認すると、油を塗っておいた焼き網を上にささっと置いた。


「それってどう使うんですか」

「用水路に土台を置くだけだよ。ある程度水量がいるけどそこのなら十分さ」


 雅が指さした小川の脇にある用水路は、地面に突き刺さったパイプからの湧き水が、ジャブジャブとタイル張りの水受けに1度溜まり、掛け流し状態のそれが流れている。


「それはいいが、長さはこれで足りるのかね?」

「んー、大丈夫じゃないのかな?」

「いい加減な……」

 

 かなり凝ってはいるがコードは1メートルもなく、非常にいい加減な事を笑顔で言いつつ、それらを小脇に抱えて溝へいそいそと向かう。

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