第14話

「場所が悪いとかかな? センセイ氏ー、代わってあげなよ」

「構わんよ。目当ては釣れたことだからね」


 由実は自分のバケツを持って後ろに下がり、美名美に場所を快く譲った。


「あっ」

「エサ取られたね」


 しかし、3回ほど糸を垂らしてみても、エサを取られるわ針が抜けるわ根掛かりを起こすわ、と全部失敗していた。


「うーむ。どうなっているのやら」


 由実はその間に4匹も釣り上げていて、バケツの中がやや混雑し始めていた。


「道具の問題かもしれないよ。全部手作りのやつだからね」

「うむ。では私のものと交換してみるかね」

「じゃあそうしてみます……」


 首をひねりながらそう言う美名美は由実の竿でトライしてみたが、


「……」


 またエサだけをかすめ取られてしまった。


「すまない美名美くん。こんなはずでは……」

「いや、良いんです……。私が下手なだけですから……」


 憮然ぶぜんとした美名美の顔に由実は焦り始め、美名美の竿でつり上げたヤマメを申し訳なさげにそそくさとバケツへ投入した。


「うーん、おかしいな。センセイ氏教えてあげなよ」

「申し訳ないがハカセ殿。私は勘で釣りをしているのだ。教えられる様なレベルには達していないのだ」

「こうなったら運任せだ美名美嬢。釣れてください、と思って釣れば釣れるさ」

「到底科学者とは思えない発言であるなハカセ殿」

「科学っていうのは運ゲー要素あるから、あながちそうとも――」

「おうい雅ちゃーん! お客さん来たぞー!」


 半分適当な事を言おうとした雅は、近所の常連客の老年男性に、大きなしゃがれ声で対岸から呼ばれた。


「――言えないから。まーがんばってー」


 了解、の意味で丸を腕で作りつつ、言おうとした事を最後まで言うと、雅はスタコラササッサと受付の方に戻っていった。


「まあ、ハカセの言う事は一理ある。『数撃ちゃ当たる』の精神で行こう美名美くん」

「あ、はい。……釣れてくださいお願いします」


 美名美はちょっと恥ずかしそうに小声でそう言い、ゆっくりと仕掛けを下ろした。


 じっと水面を凝視している美名美を見守っていた由実の携帯が、デフォルトの短い通知音を鳴らした。


「――。美名美くん、精算に行ってくるよ。もう十分な量はとれたからね」

「あ、どうぞ」


 画面に表示されていた通知文を見た由実は、恐れた様子で一瞬だけ両眉を上げてやや早口でそう言うと、かなりの早足でちょうど対岸にある精算所へと向かって行った。


 そんなに急がなくても良いと思うけどな……。


 係員も兼ねている雅にバケツを渡した後、由実はトイレの方に向かって行った。


 あ、なるほど――って、来たっ!


 その理由に納得がいったところで、グイッと強めに当たりが来た。


 慌てて竿を落としかけたが、しっかりと握り直して気持ち勢い弱めに竿を上げた。


「やった……」


 上がってきたのはニジマスで、3人で喋っていたため気が付かなかったが、先程ほかのバイト係員が釣り場に投入していたものだった。


「おっとっと」


 元気いっぱいのニジマスの針を外すのに美名美が苦労していると、


 3スペースほど離れたところから、めったやたらと元気のいい中年男性と、彼女には聞き覚えのある弱々しい中年男性の声がした。


「おや大田おおたくんじゃないか! 奇遇だね」

「……さっ、坂之上さかのうえさんどうも」

「やや、座ったままで構わないよ。私はすぐ出発するから」

「こ、これはお気遣い感謝いたします……。渓流釣りですか」

「いかにも。どうしたんだね、何か元気がなさそうだが、娘さんと喧嘩でも?」

「いえいえそういう訳では、はは……」


 美名美がバケツにニジマスを投入して、なんたらかんたらしゃべっている彼らの方を美名美は横目で見る。


 すると、声の大きい方の男性はかなり体格がいい、いかにも釣りに来た金持ちな紳士の休日といった身なりをしていた。

 一方、背を向けているもう片方は中肉中背も良い所の、ちょい悪を気取る休日のお父さん、といった風体だった。


 では、お互い楽しもう! と、ゴツいアウトドア用腕時計を見て言った紳士は、高らかに笑って仲間らしき中年男性達数名と合流して釣り場を後にした。


「お父さん、車でドライブするんじゃなかったの?」


 見えなくなるまで引きつった笑いを浮かべた中年男性の正体は、実は美名美の父親で、交通の便が悪いからとここまで送ってくれていた。


「み、美名美……。いやあ、ちょっと予定変更というか……。僕も釣りたくなってね」


 サングラスを額に上げている美名美父は、視線が泳ぎまくっているため、ほかの理由があるのは明らかだった。


「ほんとは?」

「どんな子と仲良くしてるのかなー、ってちょっと心配で……」


 ちょっと詰められると、彼は一切言い訳しようとせずに白状した。


「そんなに心配しなくても、みんな良い人ばっかりだから大丈夫だよ」


 いかつめ服装の割に威厳も何も無い父に、心配してくれてありがとね、と美名美は苦笑い気味に言った。


「じゃあお父さんは引き上げるよ」

「したいならしてても良いけど。最近行けてないんでしょ。釣り」

「じゃあ、ちょっと離れたとこでやるよ」

「分かった。ところで、さっきのおじさんって誰?」

「取引先の役員の人だよ」

「へー。そうなんだ」


 バケツを持ちあげて移動しようとする、父への質問の答えにそこまで興味なさそうに返事をした美名美は、


 もしかしてあの人が由実先輩の父親かなにかかな……?


 そうそういない名字のため、と、由実の実家が裕福だ、という証拠だけで確証はないがそう美名美は予想した。

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