第11話

 その後は、念願のニジマスを12匹ほど釣り上げて、大変ご満悦の様子な由実の一方、様子を見に来た雅も含めてもはやドン引きさせていた。


「すまぬな。人間の都合でこのような所に閉じ込めてしまって。飼育してやれば貴殿も幸せであろうが……」


 写真を撮った後、由実はイワナと大きなヤマメへ、申し訳なさそうに話しかけてリリースした。


「しかしまあ、センセイ氏漁師で食っていけそうじゃない?」

「それはないな。生兵法でやっていけるほど甘い世界ではないのだ」


 藤宮と親子連れにも締めたニジマスを譲り、再び上機嫌な様子でバケツを手にする由実は、まあ、趣味でやる方が性にあっているからな、と言って鼻歌を再開する。


 ちなみに、美名美は小瓶のイクラを全部使い切ったが、見事に1匹も釣れなかった。


「すいません。せっかく用意して貰ったのに」

「気にするでないぞ美名美くん。どうせ捨てる物だったのだ、魚にくれてやる方がまだマシであるよ」


 ションボリとしている美名美の肩をポンポン、と叩いて励ました由実は、ではさばいてくるから少々待ちたまえ、と言って、早足で水場へと向かって行った。


「私も手伝います。一応、親に教えて貰っててさばけるので」

「ん、それはありがたいな。6尾は流石に堪える」

「じゃあ、ボクは調味料並べて待ってるからー」

「安心しろ。ハカセ殿にはなから期待してはいない」

「失礼なー。これでも小魚捌さばきの雅と――」

「指でさばけるアレであろう?」

「うん。じゃあご飯の湯煎もしとくから」

「了解した」


 カラッとした様子の雅と別れて、二人は薄いプラスチックのまな板を手に水場へとやってきた。


 美名美は丸焼き用に頭を残して、由実はアクアパッツァ用に頭を落とす、という役割分担になった。


「美名美くん。ニジマスはどこに自然分布していると思うかね?」


 締めてあるニジマスを洗ってうろことぬめりを落としている最中、由実はいつもの調子で美名美にそう話しかける。


「そう訊くって事は日本にはいなかったんですね」

「うむ、その通りだ。元々はカムチャツカ半島から、カリフォルニアに至る太平洋岸辺りの分布であって、我が国には明治以前から養殖や釣りのために移入されたのだ。

 ちなみに、諸外国の各地にも移入されていて、世界と日本の侵略的外来種ワースト100に指定されているぞ。


 毎度外来種問題で思うのは、人の欲望のために持ち込まれ、罪はないが厄介事を多々起こす、というパターンがありがちな事だ。

 大きくなりすぎて野に放たれたミシシッピアカミミガメや、ゲームフィッシングでお馴染みのオオクチバス、食用として持ち込まれたアメリカザリガニ辺りが顕著だな。

 勝手な楽しみやら、銭しか見えていない商売やら、という、そこの生態系といった様な繊細な部分の事情も鑑みない身勝手な行動は、人間の愚かさを象徴するものだとは思わんかね」


 いつもの様に皮肉満載な調子でそう長々と言い、由実はそう締めてうんざりした様なため息を吐いた。


「ま、愚行のせめてもの罪滅ぼしに、丁寧に調理してこやつらを美味しく頂くのだ」


 口を動かしながらも手早くさばいていた由実は、頭と内臓を全て取りきって身をすすぎ、深めで大きなパッドに綺麗きれいに捌いて1尾置いた。


「由実先輩、前から思っていましたけど料理上手いですよね」

「まあたしなみというものだ。学生身分は時間だけはたんまりあるのでな」


 褒められた割に由実は、そこまで嬉しくもなさそうにさらっとそう言って、黙々と2尾目に取りかかった。


 ややあって。


 由実が手がけた料理はどれも一級品の味わいではあったが、流石に分量が多すぎるせいで、半分程度が最終的には由実の無限の胃袋へと消えていった。


「ピンクで丸い彼みたいだと思わないかい。美名美嬢」

「誰が星の戦士だ」

「だいたい何でも出来ますしね」

「よーし分かった。ハカセ殿は夕餉ゆうげ朝餉あさげを抜きにされたいらしいな?」

「すいませんでした」


 軽くからかう様にして言われた事に対し、口だけに笑みを浮かべて腕組みをする由実から、雅は必殺の一撃をたたき込まれて即刻謝った。


――――――――――――――――――――――――――


参考文献

 国立研究開発法人 国立環境研究所『侵入生物データベース』(https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/50150.html)

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