第9話

「まだ諦めて無かったのかね……」


 うずくまってビニール袋に朝食を戻しているみやびに、戻ってきた由実ゆみは呆れた様子でそう言って、ヤカンを焚き火台の縁を渡すタイプの五徳に置く。


「これで158回目だぞハカセ殿」

「そんなにやってるんですか」

「いやあ、上手くオエッ、行くとウエッ、思ったおろろろろ……」

「一体何を入れたらそうなるのだ全く。ほらしっかりしろ」


 なんだかんだ言いつつも、由実はまだまだゲロゲロやっている雅の背中を撫でる。


「よし復活ー」


 完全に戻しきったところで、青い顔をして水場で口をゆすいできた雅は、顔色と真逆の事を言いながら金属の両手に乗るサイズの筒を取り出す。


「水鉄砲遊びにはまだ寒いぞハカセ殿」

「昔のあれですか?」


 それは見た感じ、竹製の水鉄砲を金属にした様なアイテムだった。


「いやいや、ファイヤスターターさ。燃えやすい物を入れて、圧力を掛ける事で発火させるのさ」

「爆発しそうだな」

「人が居ない方に向けて下さいね」

「僕をなんだと思ってるんだよー」


 心外だなあ、と苦笑いをして棒を抜くと、麻の端切れを適当に筒に突っ込んで、雅は思い切り棒を押す。


 念のため彼女は、人が誰もいない方へ向けたが、


「うわあ」

「やっぱりな」


 それは正解で、圧力に耐えきれず底が吹き飛んで行った。


「で、火種は?」

「どっか行っちゃっ――あぶなっ」


 肝心のそれはちゃんと火は着いていて、足元に煙が出る塊がポトッと落ちた。


「もっと小さくしてはどうかね」

「あーそうだねセンセイ氏」


 飛んでいった底を回収した雅は荷台にそれを戻すと、今度は両手に抱える程のサイズで正方形な金属の箱を取りだした。


「小さいドラム式洗濯機かね」

「コーヒー豆焙煎ばいせん機だよ。炊飯ジャーを改造したんだ」


 しかも自動でり具合を検知して止まるんだ、と自信満々で言いながら携帯バッテリーとタブレットをつないだ。


「AIというやつかね」

「まあそんなとこ」


 生豆をザラザラッと釜に入れてフタを閉めた雅は、画面上のバーを操作して由実が好む深煎りになるようにセットする。


「じゃあ、出来るまでもう1個も実験だ」

「その石焼き芋窯みたいなものかね」

「正解。炭火を使うから本格的だよ」

「真っ当な機能とはハカセ殿にしては珍しいではないか」

「こちらメロンパン専用温め機能もあります」

「褒めた私がバカだったよハカセ殿」


 鋼鉄製の箱の中には丸っこくした溶岩石が入っていて、上に熱が対流するドームのフタが付いているが、その更に上にひょっこり左右に割れるボウルが付いていた。


「ニッチ過ぎるだろう」

「例のメロンパン入れオマージュだからね」

「じゃあせめてトリビアも用意したまえよ」

「……?」


 いそいそと装置を設置し、さつま芋をアルミで包む2人の会話に、美名美は置いてけぼりを喰らっていた。


「あと携帯電動ウォシュレットとかあるよ」

「それは人目に付かない所で試したまえよ? 公然とは捕まるぞ」

「やだなーそんな事しないよ。常識で考えてー」

「貴殿に言われると腹が立つな……」


 火起こしを丸投げされた由実は、装置の土台になっている出来損ないの焼き鳥台を引き出し、ちゃちゃっと炭に火を移していく。


「私がいる前提で作るのはやめるのだ」

「って言いながらやってくれるの、センセイ氏はやっぱり優しいよね」

「営業妨害はやめたまえ」


 由実は窯の下に収めつつ、広げた手の平を雅へ突き出して抗議する。


「おや。もうないのかね」

「うん。これで重量オーバーしちゃってさ」

「なるほど」


 市販のメロンパンを温めスペースに入れながら、もしかして期待した? と雅はニヤケながらそう訊く。


「ハカセ殿の珍品に戦々恐々しているだけだ。いつ爆発するか分かった物ではないからな」


 呆れた様子で小さくかぶり振って答えた由実に毒舌を飛ばされ、


「えー、そんなにしてないでしょ。ね、美名美嬢」

「ついさっきしましたけど……」


 雅は美名美を味方にして反論しようとしたが、彼女ににべもなくそう言われて失敗した。


「まあ、たまにはね?」

「開き直るな。20回に1回はたまにではないわ」


 腕組みをした彼女はキリッとした顔ですっとぼけ、また由実に毒舌を飛ばされた。


「ところで西宮原にしのみやはら先輩」

「ん?」

「それ、バッテリー切れてるみたいなんですけど……」


 美名美は言いにくそうに、沈黙しているコーヒー豆焙煎機を指さして言う。


「あー、しまった。やっぱり発電機じゃないとだめかー」

「持ってきてないのかね」

「重量オーバーでね。でもまあ、飲めるぐらいにはなってるはずさ」


 毎度おなじみな様子で特に気にする事もなく、タブレットを確認した雅はフタを開けて中を確認する。


「あれ、温まってもない……」


 しかし、少しの加熱すら出来ておらず、青いままの豆がそこにはあった。


「うーん。運んでくるときに断線しちゃったかな?」

「まあ、あのガタガタ道では、にわか大工の細工ではしかたあるまい」

「どこを案内されたんですか……」

「未舗装の林道だ。しかしあのヒョロヒョロ道は堪えたよ美名美くん」

「はあ……」


 内釜から元の紙袋に生豆を戻した後、雅は裏蓋を開けて中の様子を確認すると、電子回路から数本配線がとれていた。


「じゃあ次はメロンパン温め器だね。ご開帳ー」


 とりあえず裏蓋だけを閉めて厚手の革手袋をはめた雅は、続いて焼き芋窯のオマケ機能を確認する。


「うわあ。焦げてる」


 原因を探っている内に、温度が上がりすぎて下の方が黒焦げとなっていた。


「ハカセ殿はどうしてこう、料理が絡むとその調子なのやら……」

「センセイ氏と一緒ならバランスいいって事だね。ボクはその分掃除するから」

「だから何故ハカセ殿と私が同居する前提なのだ」

「コミュニケーションに美名美嬢がいれば完璧だね」

「我々のような一点全投入型の変人と一緒に住まわすのは、美名美嬢に失礼だろう」

「いえ、別に楽しそうだなあ、と思いますけど」

「うむ。将来的にはシェアハウスでも考えるか」

「いいねー。真梓嬢とヒメも一緒だと楽しいね! たき火出来る様に屋上テラスもつけよう」

「せっかくならば、空中菜園も出来る様にしなければな」

「で、ですね……」


 ツッコミ要員の月面観測同好会の2人が不在のため、話があらぬ方向へと逸れていった。


「さて、焼き芋ぐらいは完全成功したいね。試作9回もやってるし」


 よいしょー、と言いながらドーム型のフタをとり、雅は由実と協力してリアカーの上に置いた。


「お、ちゃんと熱そうだ」

「火あぶりにしてそうならない方が逆に難しいと思うがね」


 革手袋を付けてガサゴソと石を漁る2人は、銀紙に包まれた丸っこいサツマイモを取り出し、作業台にのせていく。


「サツマイモといえばだね美名美くん。やはり救荒植物としての優れた能力を抜きには語れない存在なのだよ。

 時の石見国いわみのくに代官・井戸公は、享保きょうほう大飢饉だいききんにあたり、裕福な農民から募った金や私財を資金として米を購入、幕府の許可を得ぬ内に代官所の米倉を開放するなどし、飢えた領民のために様々な施策を行なったのだ」

「あ、その中の1つがサツマイモ栽培なんですね」

「うむ。全国で1万2千もの人々が餓死したと言われる中、他の地域に先駆けて導入した領内では1人の餓死者も出なかった、というのだから、サツマイモのポテンシャルと氏の先見の明には恐れ入るよ」


 うんちくを2人に垂れ流しながら、由実はトングで器用に銀紙を剥がしていく。


「おお。見たまえ美名美くん。コイツは完璧な焼き上がりだとは思わんかね」

「意外とちゃんと焼けるんですね」

「美名美嬢、なんか辛辣じゃない……?」


 安納芋は炭化するなどといったこともなく、完璧なホクホク感になっていた。


「出した分が帳消しになって良かったなハカセ殿」

「だねえ。それにしてもなんで吐いたんだろ。いただきまーす」

「その調子だと、完成する前に貴殿が死にそうだな」


 熱々の芋をはふはふと食べ始める雅と美名美をよそに、由実はいつも通り息を吹きかけて念入りに冷ましていた。


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参考文献

 井戸神社ホームページ(https://idojinjya.org/)

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