3

第8話

 思ってたより結構山奥なんだね……。


 崖にへばりつく様な細い道を路線バスで通って、美名美みなみは河川敷堤防の上にあるキャンプ場へとやって来た。


 山深いエリアかつ、谷底になっているせいもあって、平地よりもかなり冷えていた。


 他のお客は2組だけで、山に近い方のサイトの1区画に、一回りサイズが違うテントが2つ並び、パラソルの下に複数人が座る用のテーブルとベンチがあった。


 もう1組はソロキャンパーで、1番川に近い位置の区画に1人用の自立式テントと、肘掛け付きハイタイプキャンプチェア、賽銭さいせん箱の様に見えるグリルが置かれていた。


 しかしいずれも、その周りには誰もいなかった。


 由実ゆみから言われていたため、燃えにくい布地の上着を上下に着ている美名美は、1泊分と予備の着替え諸々などが入った、大きめのリュックだけを背負っていた。


 それは、美名美が忘れているとか、準備をナメている訳では無く、今回のキャンプを主催した由実が、原付きで引いているリアカーにほぼ全てを乗せているからだった。


「やーやー美名美くん。待ったかね?」


 べべべ、とエンジン音を立てる原付が2台連なって、駐車場のところで待っている美名美の前にやって来た。


「ごめんごめん。うっかり遠回りルート使っちゃって」


 後ろのみやびも同じ金属製のリアカーを引いていたが、その荷台は自分のキャンプ荷物が片隅にあり、後は全部得体の知れない物にカバーをかけていた。


 数日前。裏庭でたき火しながら2人が話し合っているところに、ラジオゾンテ実験をして派手に失敗していた雅がやって来て、由実が誘うと彼女も実験を兼ねて参加する事となった。


「だからハカセ殿に任せたく無かったのだ。無料ナビなどこんなものだと言っただろう」

「おお、経験済みだったのかいセンセイ氏」

「うむ。無敵感ほどアテにならない物はないぞ。重量制限ギリギリの吊り橋を通らされたときは、生きた心地がしなかったね」

「ちゃんと次から調べよう」

「それには今回気が付いて欲しかったがね」


 原付から降りて押しながら、由実と雅は軽快なお語り口でダラダラと喋りつつ受付へ向かう。


「ええー。花火禁止……」

「また貴殿はあのおめでたい炭を持ってきていたのか」


 渡された紙に書かれた禁止事項にそれがあり、雅はションボリした様子でテントの設営を手伝う。


 由実と雅のテントは中央に太いポールを立てる、サーカスのそれに似た形状の物で、6人用のため中はかなり広い。


 月面観測同好会の2人も誘ったが、先に高台にあるキャンプ場で観測をする事になっていて、由実がフライングで買ったテントは2人で使うことになった。


 美名美はというと、彼女の父親が新しい物を買ったから、ということで譲って貰った1人用の自立テントを張っていた。


「美名美くんもこちらを使ったらどうかね」

「いえ。私、映画見たいんで。先輩、ホラー苦手でしたよね」

「あー、ん。そうかね。ならば君の意思を尊重しようじゃないか」


 本物は平気だが、作り物のホラーが悪い夢みたいで逆に怖い、と先日真梓に暴露されていた由実は、さらっとした言葉とは裏腹にかなり複雑そうな顔をしていた。


「……どうせなら一緒が良い、って言えばいいじゃないか」

「……やかましい。ハカセ殿にはその様な俗物的発言は求めていないのだ」


 幕が開いたテントの中で見た感じ柱と一体化している雅に、小声でやや茶化すように言われ、由実は憮然ぶぜんとした様子でペグを打ちながら毒舌を飛ばした。


「ところで、これ下に丸いのあるから、ボク持ってる必要ない気がするんだけど」

「それを言おうと思っていたところだ。ペグ打ちを早く手伝ってくれたまえ」

「えー、早く言ってくれよセンセイ氏ー」


 ボクがバカみたいじゃないかー、と困り顔でぼやきつつ、雅はハンマーを手にテントの外に出てきた。


「由実先輩。私、薪買ってきますね」


 ほぼ同時に荷物を置いた美名美が、テントからもぞもぞと出てきて、薪置き場へと行こうとする。


「美名美くん。そこにあるキャリカートを使いたまえ。割ってない薪はなかなか重いぞ」


 由実はそう呼び止めると、テント脇にあるリアカーを指さしてそう助言する。


「ええっと、これですか?」

「うむ」


 左上隅にある、モスグリーンに塗られた、海外自動車ブランドの折りたたみキャリーカートを見せて美名美は訊き、由実は首を縦に振って答える。


「しかしまあ、どうした風の吹き回しだい? センセイ氏。いつもの家に居たくないだけでもなさそうだし」

「美名美くんがな、テント泊でないことを残念がっていたからだよ」


 屁理屈に付き合わせた埋め合わせなのだ、と、雅に顔を見せないまま由実は背中を丸めてもう1本ペグを打ち込んでいく。


「そっか。――あっ、ごめんセンセイ氏ー、ペグ曲がっちゃったー」

「逆に叩いて直したまえよ……」


 ハカセ殿は得意中の得意の技能であろうに、と言いながら、由実はコツンコツンと2回叩いただけで直してしまった。


「釘なんか打たないからねえ。タッカーかビスなら使うんだけど」

「なるほど」

「次は勝手にペグ打つヤツ作ろうかな」

「花火の推進力は使うでないぞ」

「えっ」

「ダメに決まっているだろう。テントが燃えたらどうする」

「じゃあかんしゃく玉を――」

「火薬から離れるのだ。銃刀法で捕まる気かこのマッドサイエンティストめ」

「うー。じゃあ仕方ないから電動にしよう」

「最初からそうしたまえ」


 そんなウダウダした会話をしていると、美名美が薪材を3束ほど積んでやって来た。


「とりあえず置いてある薪にしたんですけど、良かったですか?」

「ん。どれどれ。お、これはヒノキではないか。コイツは燃やすと良い香りがするぞ」


 独特の匂いを感じて由実は上機嫌となり、薪材を両手に焚き火台の前に置かれたキャンプチェアへ腰掛ける。


 その対面の位置に、美名美の色違いの物と、雅のオットマン付きハイバックのチェアが少し離して置かれている。


 ナタで薪材をパカンパカンと由実が割っている内に、美名美と雅がサーカス型テントの中に薪ストーブを設置した。


 程よいサイズになった薪をチェアの脇に積み、いつも通り、ツールボックスの松ぼっくりと新聞を取りだすと、先が長いライターで特に何の情緒もなく着火する。


 間もなく薪まで火が燃え広がり、モワっと煙が立ち昇り始めた。


「うむ。この鼻を抜けるような爽やかな香り。ヒノキ風呂で嗅ぐそれとも違う、身体をいぶされながらのこれがたまらないな。ははは! うえっふ! むせるのもまたゲッホゲホ! 目に染みる痛みすらゴホッ!」


 焚き火台に限界まだ近づいて匂いを嗅ぎ、カーキ色の上着にその煙をススがつきそうなほど浴びる由実は、大はしゃぎで思い切り煙を吸ってむせ返った。


「……由実先輩、喜びマックスのときってこうなんですか?」

「うん。センセイ氏はボクとほぼ同類だからね。喜ぶときは全力さ」

「ぬわはははは! オゥエッ!」

「あ、えずいた」


 きゃっきゃとはしゃぎ過ぎた結果、最終的にえずくまで行ったところで、スン、と由実は多少テンションが下がった。


「さてと、まず湯を湧かそうじゃないか」


 何ごともなかったかの様にそう言った由実は、ツールボックスからヤカンを取りだし、ラーラーラーラー、ラーラーラー、とリズム良く低い声で歌いながら水場へ向かった。


「なんか、外に居る方が活き活きしてる様な……」

「あれは好奇心モードさ。ちなみに普段のセンセイ氏は理屈モードなんだ」


 どっちが本来とかじゃなく、どっちもがそうなのさ、と遠くでリズムに乗って揺れている由実を見ながら、雅は少しだけ、そのやたらと美形な顔つきを曇らせる。


「さて、ボクも実験をそろそろおっぱじめますかね。うひひひひ……」


 ややわざとらしく笑顔を作ってそう言い、話が続かない様にした雅が発する笑い声は、特撮などによくいそうな、悪の科学者のそれだった。


「じゃあ早速これを――おっぶぇッ」


 リアカーを探って、何も書かれていない栄養ドリンクの瓶をあおった雅は、ポンプみたいに勢いよく噴いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る