第11話
「おはようございます」
「おっ、神野は案外低血圧だな」
「そぉなんです」
食堂にはすでに先生と後輩二人が揃っていた。
「しかし南宮が最後なんて珍しいな」
「そうなんですか……ちょっと見てきます」
確かに南宮さんは時間に遅れるタイプには見えない。
「南宮さーん、朝ごはんの時間ですよー」
部屋の前で声をかけてみたが、返事はなかった。ただ、低いうなり声のようなものが聞こえた気がした。
「大丈夫? 入るよ」
扉を開ける。中は男部屋と同じ広さで、すぐにはどこに南宮さんがいるのかわからなかった。視線をめぐらすと、奥の二段ベッドの上の方に布団が敷かれているのが見えた。
「ひょっとしてまだ寝てた?」
「ん……あのね……」
声があまり聞き取れないので、梯子を上って近付いた。
「あ……しんどい?」
「……うん」
ひどくつらそうな顔で、額や首筋が汗ばんでいた。
「ちょっとごめん」
額に手を当ててみると、想像以上に熱かった。確実に熱が出ている。
「ちょっと待っててね。タオルとかもらってくるよ。薬持ってないよね? あるか聞いてくるね」
「ごめんね……ごめんね……」
思った以上に暑かったり寒かったりで、山では体調を崩すことは珍しくない。朝のうちに症状が出てよかったと思うほどだ。
「どうだった」
「熱が出てました。たぶん風邪です」
「そうか。先生が薬持ってるから、お前たちは水汲んできて」
「はい」
それぞれがバタバタと動いて、色々なものを準備した。宿のご主人にタオルを貰ってきて、水で絞った。体温計も借りて測ったところ、八度と少しの熱があった。
「これは結構だな」
「下がりますか」
「薬は飲ませたけどなー、正直分からん」
南宮さんはうなされていた。相当苦しいのだろう。だけど、これ以上僕らにできることは今のところなさそうだ。
僕らは食堂に集まり、この後のことについて話し合いをすることになった。
「あの状態だと寝せとくしかないな。できれば今夜はゆっくりさせてから、明日帰るのがいいと思う。みんなは大丈夫か」
「うちは大丈夫です」
「うちも問題ありません!」
「僕のところは……聞いてみないと……」
「そうか。とりあえず皆、一回家に連絡してみよう」
宿の電話を借りて、みんな家に連絡を入れることになった。まずは先生が南宮さんの家に電話したけれど、誰も出なかった。
「あの、母子家庭って言ってたから多分……」
「そうだな。また後でかけなおそう」
僕の家、そして後輩たちの家にはきちんとつながり、もう一泊することの許可も取れた。
「歩き始めてからでなくてよかった。ちゃんと布団で寝られるのは幸せだ」
一度出発してしまったら、進むにしろ戻るにしろ歩き続けるしかない。今だってもし嵐が迫っていたら、無理にでも歩かせて下山するかもしれない。本当に熱が出るには、最も被害が少ないタイミングだった。
「残念ながら登山は中止だ。まあ、別荘に来たつもりでゆっくりしよう」
僕らは、登る予定だった山々を眺めることになった。それはそれで、いい光景だった。
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