第10話

「いい?」

 ノックの音の後に、南宮さんの声。

「どうぞ」

「みんな、外に出ない?」

「そうっすね、そろそろ星っすね!」

「おお、そうか。じゃあ出てみるか」

 ぞろぞろと宿を出る僕らを、暗闇が待ち構えていた。見上げると、星が溢れかえって、渋滞を起こしていた。

「わー、すっげー」

「……きれいですね」

「ね、ね、二人ともフィールドワーク部入ってよかったでしょ」

「はい!」

「はい」

「神野君もね」

「そうだね、よかった」

 星空は、どこまでも深かった。吸い込まれそう、そう思ったのは初めてだった。

 しばらくぼんやり眺めていたけれど、ふと、南宮さんの視線が皆と違う方に向いているのに気付いた。僕もそちらに目を向けると、地平線に沿うように、ぼんやりとした白い光の帯が浮かび上がっていた。

「大阪の光」

「え」

「昔、住んでたんだ。あの中だと、あんまり星が見えないよね。町って、こんなに明るいんだってことも、山に来ると実感する」

 不思議な光景だった。星は、本当はすごく明るいのだ。それが遠くからはるばるやってくる間に、小さくて弱い光になって、人工的な光に飲み込まれてしまう。ただ、小さくて弱い光は美しい。

 あの星々の周りにも僕らのような人間がいて、星の見えない町を作っているのだろうか。山は、こんなことを考える時間も与えてくれる。

「神野君ってさ、どうして山に登るの……とか聞いちゃっていいかな」

「えっと……気付いたら楽しかった、かな。最初は友達に誘われて。こう、どんどん高い山に行きたくなったって言うか」

「そうなんだ。だから登山部に」

「そう。でも、きつかった」

「神野君はやっていけそうなのに」

「僕は……うん。でも、友達がついていけなかった。何とかなるって思ったけど、のんびり待ってはくれないんだ。結局友達は部をやめて、学校来なくなって、引っ越した」

「ごめん、変なこと聞いちゃった」

「いや、いいよ。いつまでも隠しとくようなことじゃないし。それに今、すごく楽しいから」

「そっか。良かった」

 そう、山はいろいろなことを許してくれる気がする。あいつもどこかで星を見れていたらいいなとか、津久田さんも星を見る余裕があったらいいなとか、そんなことを考える。

「あのね……両親、離婚したんだ」

「え」

「私も言っちゃおうかなと思って。お父さんは、あの中」

 南宮さんは、大阪の光に人差し指を伸ばした。

「お母さんがこっちってこと?」

「そう。中学校入る時に別れて、それからまだ一度もお父さんには会えてないの。山に来るとね……一緒に登ってあげられたらって、ちょっと思う。みんなと歩くと楽しいんだもの、お父さんだって一人じゃない方がいいだろうに、って」

「そうだね。でも、いくらでもチャンスあるじゃない」

「うん。そう。そうなんだよね」

 でも、それが難しいことはわかっていた。僕も結局、声をかけられずに、あいつとは会えなくなってしまった。

「早い方がいいよ」

「うん」

 山は待ってくれるけれど、人は待ってくれない。明日はまた違う星空が広がっているに違いないのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る