第2話

「神野君!」

「……南宮さん」

 教室を出たとたん声をかけられたので、びっくりして後ずさりつんのめってしまった。何人かがこちらを注視しているのがわかる。

「さ、今日から活動よ」

「わかってるよ。行かないと思ったの?」

「いやー、ずっと一人だったからさ、嬉しくなっちゃって」

 そういえば、二年生は僕が入るまで南宮さんだけだったのだ。僕も一年生の入部選択の時、フィールドワーク部なんてあることも知らなかった。不人気なのである。

 南宮さんはスキップするように歩く。背が高く髪も長いので、その様子はとても目立つ。僕は少し後をついていった。

 部室はこの前と同じ三年C組。そこは、絹屋先生が担任を務めるクラスなのだ。

「おお、みんな来たか。はい、今から部活始めるから帰れー」

 先生の声に、残っていた三年生たちが部屋を出る。そして前の方には、すでに一年生二人が着席していた。

「あー、先輩、待ってましたー」

 荒津君は大きな声を出し、そしてもう一人の後輩、ええと名前は久佐木君、はピクリとも動かない。

「えー、じゃあ揃ったな。部長、司会を頼む」

 先生は南宮さんにそう言うと、一番後ろの席に座った。

「はい、では部活始めます! 今日はまず、役職決めから始めるね。とりあえず副部長、神野君」

「え」

「二年生だから。歩くときもサブリーダーね。経験者だから大丈夫だよね」

「あ、うん……」

「荒津君は会計」

「おいっす!」

「久佐木君は地図係ね」

「……地図?」

 初めて喋った。とても小さいが、透き通るような声だった。

「そう。行く場所が決まったら地図を買わなきゃいけないのよね。その係を任命します」

「……はい」

 何とも穏やかだった。人数が少ないこともあるだろうけど、そもそも体質が違うのかもしれない。

「えっと、じゃあ今日は今後の予定を考えます。とりあえず、連休に一つ山を登ろうと思うんだよね」

「どこ行くんすか」

「それは今から決める。まあ、初回だからオーソドックスなところね。みんなの体力もまだわからないし」

「あの……」

 僕は手を挙げた。思わず挙げてしまった。

「はい、神野君」

「葛城山とか……どうですか」

「なるほど、いいかもね」

 とっさに思い浮かんだ名前だったけど、案外好感触だった。

「去年は生駒だったよな」

 後ろからの声。先生だ。僕の心臓が大きく跳ねだした。

「そうでしたね」

「俺、生駒登ったことありますよ!」

「へー、荒津君経験あるんだ。どうだった」

「いっぱい撮れました!」

「とれた?」

「あ、写真っす。親父がカメラいっぱい持ってて、借りてるうちに楽しくなっちゃって」

「そうなんだ。じゃあ荒津君は写真係もお願いね」

「了解っす!」

「久佐木君はどう?」

「……あの」

「うん」

「景色が綺麗なところが……」

「なるほど。生駒も葛城もいいんじゃないかな」

 雲行きが怪しかった。ただ、苦しくて声を出すこともできず、ただ経緯を見守るしかなかった。

「んー、じゃあせっかくだし葛城山にしようか」

「いいんじゃないか」

「賛成っす」

「……はい」

「じゃあ、最初の山は葛城山で決定。日程は五月三日にしようと思うけどいいかな」

「いいっす」

「……僕も」

「神野君は?」

「あ、……はい、大丈夫です」

 安心したおかげで、なんとか声がしぼりだせた。

 あの山には、登れない。だからもう山なんて登らない、そういう決断をしようと思った。でも、そこまで逃げ続けるのも情けなかった。僕が嫌ったのは山ではなく、登山部だ。

「じゃあ、もろもろの準備は次回ね。今日は観察練習をします」

「観察練習ってなんすか」

「この部の目的は『野山を楽しむ』こと。だから、いろんなところを楽しむために、目を凝らして歩く練習をするのよ」

「俺、得意っす!」

「写真が得意ならそうかもね。とりあえず今日は学校の周りを一周しようと思うから。あ、次回からできればリュックで来てね。本番を想定してやりたいと思います。では、まずは玄関に集合」

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