第19話
地面が冷たい。
僕はなんで地面に寝ているんだ。
そういえば、村から出たんだっけか。いつも寝床にしていた筵は温かかったんだなぁ。
徐々に意識が回復していく最中、コロンボ爺の家の寝床を回想していた。大の字に寝っ転がっている僕の胴と手足はおそらく素の地面に投げ出されており、完全に冷え切っていた。そのせいか力が出ない。
なんでこんなところに寝っ転がっているんだ。記憶を掘り起こそうとすると、右足の激痛に全てが脳裏に帰ってきた。
「痛……ッ」
穴の開いた右足の感覚が全身を支配する。痛みには慣れているつもりだが、これほどまでに大きな怪我は今までなかった。大声を上げる元気も出ず、悶絶して転がる。
「おっ、元気そうだな」
「私を村から連れ出して真っ先にお亡くなりになるのかと思ったよ。とりあえず、生きてて何よりだ」
現実感の無い呑気な声が聞こえる。もっと心配しろよ、と突っ込む気力も湧かない。
応急処置的に巻かれたボロボロの手ぬぐいを見やるに、止血はされているようだ。取りあえず一命は取り留めたみたいだった。
だが外傷の最も恐ろしいところはこの後だ。どんな病気が併発するか解らない。辺りを見渡すと既に日は落ちている。2人も僕と同じように地面に寝転んでおり、ボロボロだった。
「おい、そんなことよりこのまま寝たら危ないだろ。せめて焚き木くらいしてくれよ」
「んなこと俺ができるとでも?」
「私も無理だー。なにかあっても私がついてるからさ。今日はもうこのまま寝ようよ。もう動ける気がしないよー」
「嘘だろ、お前ら。せめて何か敷いて寝るとか……」
這ってでも荷物を漁ろうとするが、力が出ないのは相変わらずだった。無理矢理に動こうとしているうちにガクッとその場に突っ伏し、やがて再び意識が途切れた。
※ ※ ※
急激に落下する衝撃で目が覚める。
自然と受け身を取ろうとするが、体は宙に浮いたままだ。どうやら誰かに担がれているらしい。新緑に飾られた木々で埋め尽くされた空をバックにキリルの顔が視界に飛び込んでくる。
「うわぁ。もうちょっと優しく扱いなよ。やっぱり私が持つって」
「ちょっと持ち直しただけだろ。ガタガタ言ってねえで先を急ぐぞ」
できることならキリルよりリュカに担がれたい。けれどリュカの手が空いているほうが状況的には好ましいのかもしれない。
依然として森は深く、何が起こるかわからない。”鬼”のほうがヒトよりもアクシデントへの対応力が期待できる。そういう判断なのだろう。
「それもそうだね。はやくハヤトの治療ができるところに行かなきゃ」
その言葉を聞いて起き上がろうとした体の力を抜き、されるがままになった。
依然として森は深いが、ますます傾斜が緩やかになってきており、いくらか進みやすくなってきている。今進んでいる東の方角にはあまり山岳地帯が無かったと、カミナ村にいたときに一望した覚えがある。
人が住んでいるとしたら山岳地よりも断然平地だろう。
カミナ村では畑や田に使える土地が少なく、難儀していたという話を幾度も聞いた。運が良ければ一芝居打った先日の村と交流のある村に行きつけるかもしれない。
それにしてもキリルの奴はなんてガサツなんだ。歩くたびに揺れる。再び目を瞑っても眠れる気がしない。
しかも障害物やら段差があるたびにオーバーに飛び跳ねたりするので、しがみついていないと振り落とされないかと気が気じゃない。できることなら自分の足で歩きたいが、そうできるような状態であればとっくの昔に彼は僕を捨てて行っているだろう。
リュカもリュカで、なんの警戒もせずにずんずん先を歩いてゆく。あれでどうやって矢が降り火が湧く山地を生活圏に生きてきたのだろうか。人間であれば一日と持たないであろう。頼もしいやら危なっかしいやら。
まあ人間である僕が彼女に何を言っても釈迦に説法というものかもしれない。仏教ってこの世界にあるのだろうか。
しょうもないことを考えているうちに、キリルが避ける障害物の特徴が変化していることに気が付いた。ごく当たり前に自然界にある素材ではあるけれども、加工された形跡が見て取れる。同じ大きさに揃っている丸太の群や、断面が平坦な岩石。
「この近くを探索しよう。人がいるかもしれない」
本当は僕の靴が使えれば上から探索できるのだが、そうもできない。暫く辺りをうろうろするが、一向に核心に迫っている気がしない。人が住んでいそう、という手がかりは嫌というほど出てくるのに、肝心の人の気配がまるで無いのだ。
「やっぱり先に進んだ方がいいんじゃねえか? もうここらに居た奴らは死んだか、どっか別の場所に移ったんだろ」
「いや、なにか二足歩行の足音がするよ!」
リュカが叫ぶが、僕もキリルもポカンとしている。精々風が木々をそよぐ音しか聞こえない。が、彼女の言うがままに進んでいくとその正体がわかった。
木陰に身を隠しながら接近していくと、その姿を見ることができた。紛れもなくそれは二足歩行をしていたのだ。
「なあ、ありゃ本当に人間か? 確かに二本足で歩いているが……」
「パッと見、動物でも魔物でもないだろう? 背が高い人間がいたっていいじゃないか」
キリルの言う通り、確かにそれは二本足で歩いているのだが、長身のキリルよりさらに1.5倍ほど背が高い。小さいころ、元の世界で見たキリンを思い出させるようなスケール感だ。
こそこそとどう声を掛けるべきか話し合っていると、それは歩く方向を変え、こちらに歩いてきた。足取りから察するに、気づかれたらしい。
「おい、こっち来たぞ。どうすんだ」
「知らないよ。私は殆ど人と話したことがないんだ。キリル、挨拶でもしてみてくれよ」
「あれは人じゃねえって。おまえこそ、人外同士でなんとかなんねえのかよ」
キリルとリュカがこそこそと言い合っているとそれはこちらに向かって語りかけてきたようであった。
「クトゥター トゥイ?」
僕も、そしてキリルとリュカも、その問いかけのような言葉に返事をすることができなかった。それの発した言葉を、その場の誰も理解できなかったのだ。
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