第20話

 「クティ……? なんだあいつ」


 ゆっくりと歩いて近づいてくるそれは、続いて解読不能な言語でこちらに語りかけてくる。元居た世界では人間でさえ様々な言葉を使っていたみたいだけど、こっちでは元の世界で言う日本語に限りなく近いもの以外は殆ど聞いたことが無かった。


 「敵意はなさそうだけど……。キリル、意思疎通できそう?」


 「一応、人間の言葉で語りかけてみるか」


 キリルが一歩前に出る。勿論、僕を担いだままだ。


 「俺たちは旅の人間だ。怪我人がいる。助けてほしい」


 できる限りの身振り手振りをしているキリルが少し面白い。けれども僕の為にこんなことをしていると考えると申し訳ない気持ちもなくはない。


 「ことば、喋る、ゆっくり。怪我人、見る、できる」


 なんと、人語を介すことができるらしい。3人ともが大きく安堵した。


 「助かるぜ。宜しく頼む」


 キリルがなんの気遣いもなく答えると、彼はついてくるように、というジェスチャーで再び歩き始めた。

 彼の見た目はリュカのように殆ど人間と変わらく、僕たちと異なる点は数えるくらいしかない。内心高笑いしたくなるような興奮を伴う安堵感を押し込め、僕たちは彼についていった。

 彼の特徴と言えば最たるものがその長身である。僕よりはるかに背の高いキリルよりもかなり高い。まるで巨人だが、その割に体格は細い。

 その上、腰巻くらいしか着用していない為に露出している肌はかなり白い。なので自分よりも大きい存在にもかかわらず、簡単に折れてしまいそうな、貧弱な印象を抱かせる。キリルほどの威圧感もない。顔も怖くないし。

 顔立ちは非常に美しく、堀が深い。耳が少し尖っており、人間のそれよりも少し大きい。キリっとした目つきにどことなく優しさが垣間見える。きっと、女の子にもてることだろう。

 彼は無言で先頭を歩いていく。特に辺りを警戒している様子はなく、歩きなれているといった感じだ。きっとここらは彼らの生活圏なのだろう。

 彼は身長の割には小型の弓矢を担いでおり、ズタ袋のようなものを担いでいる。

 彼と往く道中、誰一人として口を開く者はいなかった。彼が僕たちと同じ言語を喋るのが得意でない為というのもあるだろう。だがなによりも、キリルとリュカがだんまりを決め込んでいるせいだ。

 キリルは基本的に必要がない時は自発的に喋ることはしない。こちらからの言葉に反応はするが、基本無口だ。なにより彼の直後をつけるキリルの足取りは慎重で、先程の言葉の応酬とは裏腹に1ミリも信用していないようだ。わざわざ僕を下して1人で歩かせているあたり、いざとなったら戦う気満々らしい。

 その後を行くリュカは打って変わって、彼に対して猜疑心を抱いている、というわけではなさそうだ。

 どちらかと言えば興味を持っているようで、目の前にいるキリルを邪魔そうに、がんばって首を振って彼を観察しようとしている。

 その割には話しかけようとはせず、先の会話中はずっと目を逸らしていた。人外(?)同士、なにか思うところがあるのかもしれない。

 僕はというと、右足の激痛に耐えながらヨタヨタと歩いている。最後尾をやっとのことで追いすがっている状態で、何か発言しようなどという余裕はなかった。殆ど左足の跳躍だけで進んでいるが、体の揺れに呼応して右足に激痛が走る。適当な枝を手に取って杖代わりに使うと、少しはましになった。


 「ン!」


 白い巨人が指をさす方向に、階段があった。

 それは地下に続く階段で、一目でわからないよう茂みで隠されていた。なにも解らずにここを通ったらこの穴の存在に気が付かず、ゴロゴロと転げ落ちてしまいそうなくらいに普通の野原のど真ん中だ。

 キリルとリュカに目を合わせるが、考えても仕方ない、進むしかないだろう。

 彼が入っていった洞穴の中に、キリル、リュカ、僕の順に入ってゆく。

 歩くたびにカラン、コロンと空洞の中に音がこもる。次第に日の光も届かなくなり、真っ暗になった。

 音だけを頼りに1回、2回とうねる階段を下りてゆく。杖を拾っていなかったら今頃這いずるか、片足だけで頑張ろうとして足を滑らせるかのどちらかだ。杖を拾ったのはとても好い判断だったと言わざるを得ない。

 50歩程度進むと、柔らかな光が前方を包み始める。もうすぐ階段を抜けると考えたとき、安堵と不安が同時に押し寄せてきた。本当にこの先に進んでよいのだろうか。

 あの長身の男みたいなのが何人もいて、とって食われてしまうのではないだろうか。しかし今更階段を上がろうにも、この体ではすぐに追いつかれてしまう。

 そうこう考えているうちにも、前方の光は段々と強くなっていく。

 どうしようもなく流れに身を任せて階段を下り切ると、そこは巨大な庭のような場所だった。網目状に道が敷かれ、その脇には様々な種類の植物が植わっており、色とりどりの花々が咲き乱れている。道の端々にはところどころ仕切りのようなものが刺さっている。

 溢れる陽光とちりばめられた草花にここが地上と錯覚していたが、ここは地下だ。そのことに気が付いて慌てて上方の様子を見ると、先日の戦闘があったガラス張りの地下と同じような場所だ。こちらは地上の周りの木々が開けているせいか非常に明るく、あのジメジメとした地下格闘場とは大違いだった。

 相変わらずキリルは巨人を監視しているが、リュカは「すごーい」とはしゃいでいる。僕はその場にへたり込み、やっと取れた休憩に息を整えると、はしゃいでいたリュカが心配そうに駆け寄ってきた。


 「すこし、待て」


 と言うと、彼は道を外れて背の高い植物をかき分け、奥の方へと歩んで姿を消してしまった。

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