第16話

 「「怖えよ!!!!!!」」


 僕とキリルがそう叫ぶと、バタリとその場に倒れこむ。

 雨が降った影響で川の流れは鋭く、激しいものだったが、既に川上の方は晴れており氾濫する危険性も低そうだった。爽やかとは言い難い生ぬるい風が木々を揺すり、嵐の通過に鳥が歌い出す。

 森を全力疾走してきた僕たちは川のほとりの岩盤で力尽きた。


 「え、いきなりどうしたの?」


 追いかけてきたミナミがキョトンとした顔で歩いてくる。

 既に通常通りの姿に戻っており、その表情はいつものミナミそのものだった。黒くないし、目も滾ってない。


 「脅してやろうとは言ったけど、あんなやばい姿になるなら先に言ってよ。9割方本気で逃げてたよ……」


 「村の奴らもあんなのがいるってなったら近づかねェわけだ。お前らの先祖はよく仲良くしてたもんだぜ」


 「いやぁ~それほどでも~!」


 「誉めて……なくもないな」


 「ところで、これからどうするの? 村を飛び出すことになっちゃったけど、どこか行く当てはあるの?」


 「ああ、特に決まってないな。そういえばミナミ脱出作戦ですっかり忘れていた。もっと平和的に解決して村長に食料もらうつもりだったんだけど、ダメだったね」


 「甘ェ奴だ。甘々だよ。当初の目的のうち3分の1しか達成できてねえじゃねえか」


 「ん? あと1個はなんだ? 覚えがない」


 「俺の定住作戦がパァだ」


 「お前がいたらそれこそ鬼退治の戦力が来た! ってなってダメだろ。ナシだよナシ」


 倒れた2人でガーガー言い合っていると、ミナミが照れ臭そうに呟く。


 「えっと、折角これから寝食を共にする仲なんだし、リュカって呼んでよ」


 か、かわいい。

 目線を逸らし頬を赤らめてそう言ったミナミに、普段の明朗快活で頼りがいのありそうな彼女とのギャップを感じた。


 「もちろん! よろこんで呼ばせてもらうよ、リュカ!」


 「ありがとう、ハヤト。キリルは?」


 「呼び方なんてどうだっていいだろ。めんどくせえからどっちも上で呼ぶ」


 「そうだよね、キミはそういうタイプだよね。別にいいんだ!」


 「キリル、お前友達できないタイプだな? 本当はいじめられたから村を出たんだろ」


 「言ってろ。無駄口叩ける体力があるならそろそろ行くか?」


 「もうちょっと待って……」


 「行く当てがないなら、隣村を目指してみるのは? 村長に聞いてない?」


 「いや……」


 「完全に話の流れが村に戻る前提の話し方だったからな。計画性が無いにもほどがあるぜ」


 「村人虐殺計画を見事に完遂したキリルさんには頭が上がらないよ」


 「え、めっちゃ悪人じゃん、キリルくん」


 不機嫌そうにキリルが鼻を鳴らす。


 「うるせえ奴らだ。ミナミは隣町のこととか知らねえのか?」


 「あそこ留守にしてまで行こうとは思わなかったな。よくわかんないけど、歩いていけばつくんじゃないかな」


 「曖昧だなァ。まあ、こんだけでかい川なんだ。下ってりゃ人里くらい見つかるだろ」


 「山下りるのに川に沿うのは悪手なんだけどね。でもこれだけ降りてくれば大丈夫かなあ。とりあえず川下目指して行こうか」


 出発前に血まみれになった手を川で濯ぐ。リュカが今日の食料として捕まえていた鳥をまき散らした時についたものだ。握りつぶした後は川に捨ててきた。匂いで追跡されていなければ誤魔化せたはずだ。


 「せめて使った鳥持ってきてればなァ。なんで投げ捨てたんだよ」


 「血が滴ってどうしようもなかったんだから仕方ないだろ。ここまで追われるよりマシだよ」


 下っていくと次第に川幅は広くなっていく。急流も徐々に勢いを落ち着かせ、やがて水浴びしても問題ない程度の穏やかな流れの川となった。

 相変わらず森しか見えないが、段々と勾配も緩くなっていき、かなり歩きやすくなっていた。

 食料の話をしていたせいか、夜を待たずに空腹が限界を迎えた。キリルとリュカもそれは同じようで、力ない足取りがそれを証明している。


 「これ、これ食えるんじゃねェか?」


 キリルが指さすキノコのようなものは毒々しく赤い警戒色を発していた。目についた食べられそうな形態のもの、というので持ってきたにしてはセンスが無さすぎる。


 「ダメだ。それは毒がある」


 「なんとかならねェのか?」


 「なるわけねえだろ」


 さっきから僕も辺りを見渡して食べられるものが無いか見てはいるが、全然無い。元々そういったものが無い、というよりは全てかりとられてしまっているような感じだ。運が良ければこのまま人里に入り、食料問題も解決するだろう。


 「キリル、これはどうだ?」

 

 ムカデを1匹つまんでいるリュカ。


 「また虫かよ! 背に腹は代えられねェとは言うがなァ、流石にもうちょっと我慢できるぜ、俺は」


 「じゃあ限界が来たとき用にとっておこうか。私もできるなら4本足の方がいいしね!」


 そう言ってキリルの本の入った袋にムカデを入れようとするリュカ。


 「やめろ、この中に入れるくらいなら捨てちまえ!」


 「いいじゃんいいじゃん。紙なんて食べる子じゃないよ」


 「良くねェ!」


 後ろでわちゃわちゃしている2人を尻目に辺りを物色していると、突如地形の変化があった。まるで別のところから持ってきた土地をつなぎ合わせたようだった。

 比較的背の高い植物や樹木が立ち並ぶ中、目の前に広がるその領域だけが、苔や小さな花をもつ背の低い植物で埋め尽くされている。生えている木も根本に枝分かれがあるなど、かなり奇妙な光景が広がっている。

 漂うじめっとした空気は雨上がりのそれとは違い、嫌な重だるさを含んでいるようだった。


 「2人とも、危ないかも。ここは迂回しよう」


 じゃれあっていたリュカとキリルにはその言葉が届かず、僕を通り越して一歩踏み出してしまった。

 直後、パリンという音と共に2人の姿が地面の下へと落ちるように消えた。

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