第14話
篠突く雨の中、目の前にある氷の彫像に打つ雨が上方向に凍ってゆく。キリルよりも力で優るミナミが抜け出さないところを見ると、術者以外がここから抜け出すのは容易ではないらしい。動きがないところを確認し、安堵する。
「と言っても僕にはどうしてミナミさんがここに居続けているのかわからないんですけどね。兎に角、あなたがなにか事情を隠していることだけは察してます」
言葉を崩して堅苦しさを解いた。次の言葉を考える。具体的なことが何もわかっていない以上、話し合うメリットを語るよりもデメリットを払拭するほうが可能性が上がるだろうか?
いつ解けるかもわからない拘束に急かされるが、慎重に言葉を選ぶ。
「僕たちがここから帰らなかったら村の人達総出で討伐隊を組むらしいですよ? 僕たちはたかが旅人。あなたの事情がなんであれ、どちらかと言えば命の恩人であるあなたに報いたい。勿論、村の人たちに話したことを伝える気もありません」
氷漬けになっている彼女の目は笑っている。捕食者の浮かべる不敵な笑みではなく、もっと優し気なそれに恐怖は湧いてこない。その瞬間だけ切り取った姿を見ると、さっきまでの戦闘が嘘みたいだった。そんな彼女にはったりをかけるのは正直心が痛んだ。
「あなたに残された道は2つです。僕たちを殺して村から来る討伐隊を追い払うか、それとも私たちととりあえず話してみるか。村の人たちも全員無傷で帰すわけにもいかないでしょう」
パリン、とキリルが氷の中から割って出てくる。
「鞘が氷から出ればこの囲いは脆い! あぶねえから離れろ!」
1歩、2歩と後ずさる。
パァン!と割れた氷から繰り出された踏みつけは、地面を軽く叩いただけで終わった。彼女の角は、元の通り小さくなっていた。
「いいよ。一旦休戦にしようか」
※ ※ ※
昨日ぶりにミナミの家に入る。ずぶ濡れになった体を、ミナミが出してきたボロボロになった手ぬぐいで撫でまわす。
村長の家は畳であったが、こちらは一枚板の床がひんやりと冷たい。体が冷えっぱなしで風邪を引きそうだ。
「それで、何を話せばいいんだ?」
初めて会った時と相変わらず、ニコニコと笑みが溢れていた。本気で暴力をふるいあっていた者同士と考えると、接し方がわからず気迷ってしまう。
「あなたが村の人たちを追い返す理由です。村からはかなり恐れられていますが、どう見ても人を取って食べるような感じじゃないですからね。まずはそこが知りたいです」
「そういわれてもなぁ。父上から言いつけられたことを守ってるだけだからなあ。村の人達と仲良くなってはいけない。西の山に入らないよう、そして恐れられるように振舞いなさいって」
当然のように頷きながら話すミナミ。キリルもなんとなく察してはいたものの、疑問があるようで口を開く。
「わかんねえのはそこだ。村の人達に恐れられる必要がどこにある? 普通に話して西の山には入んなって言えばいいじゃねェか」
「うーん、私もよくわかってないんだけど、お爺様の代で向こうの村長と取り決めをしたらしくて。それまではキリルくんの言う通り仲良くしてたみたいなんだけどね。それだと山に入る人が絶えなかったみたいなんだ」
「一応、僕たちは西の山から出てきたと思うけど、そんなに危ないの?」
「危ない、どころじゃないよ~! あの山超えてきたの、今まででも君たちの前には1人しかいなかったよ。それも私が生まれる前! 何もないところを通ると胴体が真っ二つになるとか、一瞬で体が蒸発するとか、雷に打たれるとか。訳の分からないトラップだらけで何人も死んでるんだ。旅人なんて会ったことなかったから優しくしちゃったけど、間違いだったな」
俯くミナミ。少しの間表情が曇る。
「俺たちが通った道は相当運がよかったみてェだな……。それにしたって死にかけたが」
「キミたちは丁度、その危ない場所から抜け出たところで倒れていたんだ。この山は山菜、きのこ、4足の動物といった食料から多くの水源、さらには上の方で温泉も湧いて出てるって噂だから。村の人達はちょっと増えるとこの山に入っていっぱい死んで、また増えては山に入るっていうよくない巡りを辿ってたんだって。とくに先々代の村長の時はいっぱい人が死んだから、もう2度とこの山に入らないようにしようって」
「その時は止めなかったの?」
「父上は止めたって言ってたよ。でも鬼は人より寿命が短いから昔のことを言ってもあんまり信じてもらえないんだ。ちょっと代替わりするとすぐ同じことを繰り返す人間よりも、ご先祖様の言うことをちゃんと聞く鬼の方がしっかりしてるっての!」
寿命が短いのか。美人薄命、という言葉が脳裏をよぎるが種族全体の問題らしい。確かにあれだけの力を出していると燃費が悪そうだ。人間よりも消耗が早いのかもしれない。
「それで、やっぱり人の行動を支配するには恐怖しかないって。先々代の村長が私のお爺様に持ちかけたんだ。先祖代々、この外見にも関わらず村の人達には優しくしてもらって、いろいろお世話になった恩があったから引き受けようって。それに、ゆくゆくは私1人になることもわかってたから。いずれ実際に鬼がいなくなっても、恐怖の伝承は実際に西の山に登る人間が帰ってこないって形で実証できるから残り続けるだろうって」
「すげェ損な役回り押し付けられてんな。お前はそれでいいのかよ。ずっと1人なんだろ?」
「お父様の言いつけだから。それに、小さいころに訪ねてきた先々代の村長に少し遊んでもらったりした記憶くらいしかないけど、私も人間が好きなんだ。村の子達が死んでしまうくらいなら、私は1人ここに残って食い止めるよ」
彼女の笑みに一抹の諦めと寂しさが感じられた。元々は頼れそうな仲間として連れていければラッキー! くらいにしか思っていなかったが、本気で助けたいと思ってしまった。なにより、彼女に助けられた僕たちが彼女をこのまま見捨てて行くなんてあり得ない。なんならここに定住してミナミと一緒にこの地の番人になったほうがマシだ。
「だとさ。ツヅク、どうするよ。俺はここに残るってのもいいと思うぜ。なんせお前と違ってこっちは住処探しの放浪だったからな。こんなに早く定住の地が見つかってラッキーだぜ」
確かにキリルはそうかもしれないが、僕には僕の目的がある。爺ちゃんや一緒に遊んでいた仲間たちと永遠にさよならしてここで一生を終えるのは好ましくない。
その上、ここにいたら村からの襲撃にびくびくしながら過ごさなければならないのだ。ミナミやキリルみたいな腕に自信がある奴ならともかく、僕にそんな度肝は無い。いつか心労で死んでしまう。
キリルだけ残すというのも、今度は僕がこの先1人で生きていける気もしない。なにより、カミナ村よりも数段文明レベルの低いここで住み続けるのは退屈ではなかろうか? 当然、それはキリルも同様のはずだ。
ミナミだって村の人達と戦うなんて事はしたくないだろう。ここに残るというのは間接的であれ、闘争を続けるということだ。例えその苦痛は、僕たちが残ってたところで解決しない。
つまり、彼女をここから連れ出さない限り、問題の解決にはならない。
「ミナミ、僕たちと一緒に旅に出ないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます